三千九十三(うた)幻に終はった第二回新幹線旅行(横浜市営バス乗車記外伝)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
一月二十二日(木)
今回は、第二回新幹線旅行として計画された。計画どころか決定済で、ジパング切符購入が遅れただけだった。ところが一回目の旅行で葛西の脱亜拝米に遭遇し、旅行を中止した。どう変更すると横浜市営バスになるのかを記すと そして、バスの乗り旅になった。
路線バス新幹線の乗り旅は新たに進み港の街へ

往路の新鶴見橋を過ぎたところに、スーパー銭湯がある。名前が変はったのかと考へてゐると、前方に元の名のスーパー銭湯がある。競合施設が出来たやうだ。
民間は競争を経て進化する NHKと役所にもこれが必要第二作りを

反歌  南北と二つ役所の片方に税を払ふは選択肢かも
(ここから閲覧注意)横浜駅から7系統で川崎へ向かった。途中で、41系統川向町か新横浜行きに乗り、花木園に寄らう。ところが東寺尾五丁目で降りるはずが、二本木まで乗った。そのため二反田、荒立と三つ歩いて戻った。二本木は前方に、めがね橋が見える。めがね橋からバスに乗る方法は、臨港バスなので一日乗車券が使へない。そのため遠いが戻った。
来たバスは、38系統横浜行きだった。このバスは一時間に一本しかない。だから計画に入れなかった。そのバスが来たとなると、乗りたくなる。そこで横浜まで乗ってしまった。
かつてこの路線は、片倉町から三ッ沢公園と廻って横浜駅へ行った。その後24系統生麦-横浜駅を廃止して、38系統を一部その跡へ経由変更した。24系統は、一時間に四本あったので、廃止が信じられなかった。まあ24系統の混む部分は213系統西寺尾循環、混まない部分は38系統の経由変更、38系統の経由変更前の部分は291系統で一日10本以下。
横浜から再度7系統に乗り、川崎へ戻った。途中、東部病院に停留所が出来た。道路から直接敷地に入れば一本なのに、過ぎた先から入り低速度で回ってまた過ぎて戻るのは、時間が無駄だ。川崎からは、東海道線で帰宅した。(終)

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