三千五十二(うた)連歌を復活(奥の細道を題材に)
乙巳(西洋地球破壊人歴2025)年
十二月二十二日(月)
連歌を復活しよう。これが、今回の目的である。芭蕉の「奥の細道」に載る発句を用ゐた。短連歌ではなく長連歌である。短連歌は、一人目が五七五と発句を詠み、二人目が七七と作って終了する。長連歌は、短連歌が連続するもので、通常は百句、つまり五十首作る。短歌と異なり、前の句の七七と次の五七五も、関係を持たせなくてはいけない。「奥の細道」は発句が五十なので、最適である。芭蕉も、それを期待して五十句にしたのではないか。
草の戸も住替はる代ぞ雛の家

くさ木むし鳥ねこ棲み続く
行く春や鳥啼魚の目は泪

見送り人と日と月の目も

あらたふと青葉若葉の日の光

輝きにより夏は間も無く

暫時は滝に籠るや夏の初

水のしぶきや草鞋に掛かる

夏山に足駄を拝む首途哉

野は六里にて奥へと続く

木啄きも庵は破らず夏木立

野鳥棲む森強き陽を見る

野を横に馬牽向よほとゝぎす

鳴くを聴きつつ人影を見る

田一枚植ゑて立去る柳かな

疲れを憩ひ暑さを凌ぐ

風流の初めや奥の田植歌

野を越し知らず新しの歌

世の人の見付けぬ花や軒の栗

知る人ぞ知る花と摺

早苗とる手もとや昔しのぶ摺

石の模様は今も乱れる

笈も太刀も五月にかざれ帋幟

子の成長は雨に輝く

笠島はいづこ五月のぬかり道

次は武隈月を過ぎ行く

桜より松は二木を三月越

端午を横目草履は歩む

あやめ草足に結ばん草鞋の緒

草高き野は日もまた高し

夏草や兵どもが夢の跡

年毎雨が血跡も流す

五月雨の降り残してや光堂

雨に虫湧き湯気立ち昇る

蚤虱馬の尿する枕もと

朝発ち次に豪商の家

涼しさを我が宿にしてねまる也

蛙は池か涼しき宿か

這出でよ飼ひ屋が下の蟾の声

母屋の乙女蚕は二階

眉掃を俤にして紅粉の花

出羽の名産横目山道

閑さや岩にしみ入る蝉の声

前に滲み込む雨湧き水に

五月雨を集めて早し最上川

山の上から雪解け水も

有難や雪をかをらす南谷

霧は霊気を薄暗くあり

涼しさやほの三日月の羽黒山

雲は暗きに隠す霊山

雲の峰幾つ崩れて月の山

三つ目の山は興味湧く湯に

語られぬ湯殿にぬらす袂かな

地上暑きを飛ばす山風

あつみ山や吹浦かけて夕涼み

暮れは海から風川伝ひ

暑き日を海に入れたり最上川

寂しくなるや海の名所へ

象潟や雨に西施が合歓の花

夏の終はりが波打ち際へ

汐越や鶴脛ぬれて海涼し

海暑さ越え七夕近し

文月や六日も常の夜には似ず

風強まりて波は荒れ出す

荒海や佐渡に横たふ天河

空と比べて地は無常の世

一家に遊女も寝たり萩と月

実る田もある越後を後に

早稲の香や分入る右は有磯海

加賀は目前門人の墓

塚も動け我泣声は秋の風

次の家へと門人が待つ

秋涼し手毎にむけや瓜茄子

心も肥えて次々と句を

あかあかと日は難面も秋の風

草木の影は微かに動く

しをらしき名や小松吹く萩すゝき

実盛遺跡風を切るのみ

むざんやな甲の下のきりぎりす

暑きは去りて寒さ強まる

石山の石より白し秋の風

湯に浸かりたし思ふ夕暮れ

山中や菊はたをらぬ湯の匂

無病続くも曾良は病に

今日よりや書付消さん笠の露

一人旅にて仏と二人

庭掃きて出でばや寺に散る柳

越前旅に寂しさ残す

物書きて扇引きさく余波哉

金沢友と別れ敦賀へ

月清し遊行の持てる砂の上

気比明神と明日の天候

名月や北国日和定めなき

静かな海に漂ふ旅愁

寂しさや須磨に勝ちたる浜の秋

潮引く海に萩の花びら

浪の間や小貝にまじる萩の塵

大垣からは二見浦へと

蛤のふたみに別れ行く秋ぞ

三重掛詞伊勢へと向かふ

芭蕉が上の句で、蓋身と、二見浦と、二度目に見ることを期待、と三つの意味を持たせたので、下の句も三つの重なりと三重の伊勢を掛けた。(終)

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