二千九百二十二(うた)喜多方と下今市旅行記(再度の会津若松)
乙巳(西洋地球破壊人歴2025)年
九月二十三日(火)
先日、再び会津へ行った。喜多方に泊まらうとしたが、会津若松の前回と同じホテルになった。妻が義妹(妻の妹)と、叔父叔母の家へ行くため、母を短期宿泊させた。かう云ふ時にしか旅行できないので、二回続いた。
一日目は、会津若松で、まづ駅の反対側の旧客車検修庫跡へ行った。今は入り口部分が賃貸駐車場だ。ここで写真を撮った
次に、前回行かなかった飯盛山へ行った。左側の旧参道から上り、途中の戸ノ口堰洞穴を見て、さざえ堂の前に着いた。中には入らず、白虎隊の墓へも行かず、そのまま階段を降りた。観光客向けの場所は行かないのが、小生の流儀だ。

  
戸ノ口堰洞穴                    右から用水路へ                   正面階段から用水路

帰りは2.2Kmを、駅前まで歩いた。大通りから一本入ると新しい家ばかりだ。このとき市街地には、旧市街と新興住宅地があると思ったが、翌朝散策に出て、旧市街と新市街と新興住宅地があることに気付いた。二週間前と同じく無料券を貰ったので温泉へ行かうと思ったが、疲れて八時に寝た。
明日の起床も早くなりさうだ。かう云ふ時は、朝食なしにしてコンビニで買って食べて、早くチェックインするのだが、今回は既に朝食付を申し込んだ。
翌朝は4時過ぎに散策で、東山温泉まで往復した。こんな早い時刻に外を歩くと、新聞配達と間違へられる、は冗談である。そもそも人とすれ違はなかった。東山温泉が近づくと、山の端が少し明るくなった。
山の端が少し明るくなるときは 十と二つの星がある 一つは山のすぐ近く特に明るく その後に日の出が更に近づくと 四つの星が残りて見える

反歌  山の端の輝く星は日の出前空明るきに勝りて残る
街が完全に明るくなる頃に、左に上り坂、右に平坦な道と、二つに分かれる。バスは右を少し行き折り返した。今回は左を登った。途中に、下へ降りる階段道があるのでこれへ進んだ。

 
東山温泉の早朝

竹下夢二は東山温泉へ何回か来て、後に建てられた碑は、夢二の人生と同じで何回か変移のあと、ケーブルカーの駅から現在地に移った、とある。ここで、バスの折返し場のガレージみたいな屋内は、元の駅ではないかと気付いた。
往復10Kmを歩きホテルへ戻ったあと、六時半から朝食を食べた。このあと喜多方へ旅立った。帰りは切符が西若松までのため、会津若松ではホームをあちこち回り、写真を撮った。(終)

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