二百九十、三醉人經綸問答

平成二十四年
七月八日(日)「労組の文化活動」
労働組合で文化活動をしようと専従のAさんが中江兆民著「三醉人經綸問答」の勉強会を発案した。参加者はAさん、Aさんの学生運動時代の友人二人、出版社の組合員、私の5名であつた。三醉人經綸問答とは南海先生、洋学紳士、豪傑君の三人が酒を飲みながら西洋と東洋の政治を論じる話である。
洋学紳士は西洋かぶれで進歩主義でハト派。言はば朝日新聞のような主張である。一方の豪傑君は国粋主義。南海先生は専ら聞き役である。私は中江兆民の他の著作を読まずに此れを読んだので、洋学紳士のモデルは兆民だと思つた。兆民はフランス語を学び、フランスに留学したからである。しかし解説を読むと兆民は漢学、儒教を好むといふ。だとすれば洋学紳士ではなく、多くの人の考へるように南海先生が兆民なのかも知れない。現代口語に訳した桑原武夫氏は、三人とも兆民の分身なのだと主張する。
私が10代だつたら洋学紳士が正しいと思ふ。しかし二十歳以降洋学紳士の考へ方では世の中は不安定になる、特に弱者が切り捨てられると考へるようになつた。だから洋学紳士は嫌ひである。しかし豪傑君のように他国を侵略しろといふ主張は絶対に反対である。

七月十四日(土)「元学生運動活動家は文化と政治に詳しい」
Aさんとその友人二人が政治や文化に詳しいのには驚いた。マルクスばかり読んでゐたのかと思つたが、Aさんが「三醉人經綸問答」を購入したのははるか昔だつた。
Aさんは労組の専従、友人二人は活版業と著述業として活躍してきた。今のような不景気の時代は自営業が一番被害を受ける。自由経済のかなめは自営業である。自営業が元気になる世の中、そして自営が難しくなつたらすぐ雇用が可能な世の中にすべきだ。そのためにも派遣や非正規雇用といふ悪質な制度は絶対に作ってはいけない。
プラザ合意の前までは自営業は元気だつたし転職は簡単だつた。プラザ合意の前まで戻すことを政治は目標にすべきだ。

七月十七日(火)「漸進主義」
参加者の意見はそれぞれに異なるから結論はない。しかし第一回目の会では、洋楽紳士のように急進ではなく少しづつ改革すべきではないかといふ意見が出され、異論は出なかつたので、これが結論といへなくはない。私もこの意見に賛成である。
家に帰り日本の現状を考へると三つ問題がある。まづ(1)ここ二十年で世の中の崩壊が急速に進んだ。これはアメリカが日本に要求を出し日本がそれに従つた結果だが、根本は貿易黒字を自力で解消できないことによる。結論として外国の圧力で変へるのは漸進でも駄目である。自主独立が肝要である。
次に(2)少しづつの改革でも負担の量は変はらない。例へば分岐する二つの道がある。一つは水平な道で、もう一つは気が付かないくらいの緩やかな上り坂である。緩やかな上り坂を歩き続けてかなり経過してから下を眺めると、はるか下に水平の道が見へる。緩やかな上り坂を上がつた人はこれまで何となく歩くのが大変だつたが、たぶん昨日の疲れが残つてゐるのだらうと考へてゐた。下を見て初めて上り坂に気が付いた。この間に消費したエネルギーは急な坂を上つても緩やかな坂を上つても変はらない。漸進で改良をしても世の中の負担量は変はらない。明治維新以降、最初は急激に、次いで緩やかに西洋化の坂を上り、戦後も最初は急激に次いで緩やかにプラザ合意以後は再び急激に坂を上つた。世の中は疲れきつた。だから非正規雇用や失業者が溢れても気が付かない。
(3)坂を上がつてゐても堕落はする。上がつてゐるから堕落が隠れる。例へば生活習慣病に防ぐため体重が増へないよう気を付けるとする。あるとき肺がんになり、それが原因で体重が減るのに気が付かずたくさん食べるやうになつた。体重は一定なのにメタボになつた上に肺がんが進行した。
五五年体制が実質崩壊した昭和五〇年あたりからの社会党はまさに革新のふりをした堕落政党であつた。それを民主党大嘘派が引き継ぐ。

七月十九日(木)「音楽に見る世の中の堕落」
少しづつではあつても特定の意図をもつて世の中を変へてはいけない。私がそのことに気が付いたのは十数年前である。子供の情操教育の一環として童謡のCDを買つた。その中に「浦島太郎」の曲があつた。これは好い曲である。歌詞もよい。おそらく昭和四〇年あたりまでは流行歌も「浦島太郎」と同じ思想であつた。
ところがこのころからまづ従来の音楽から一歩西洋化した音楽が出現する。それが世に広まると次に更に一歩西洋化した音楽が現れる。このようなことが続いた結果、今のテレビで放送される音楽になつた。もちろん若い人たちがこれらを好むのは構はない。しかし親は不愉快に思ふし祖父母は更に不愉快に思ふ。世代断絶の発生である。そして現在の醜い世の中になつた。

八月二十六日(日)「第二回の勉強会」
昨日は第二回の勉強会があつた。始まる前に本文をもう一回読み直した。そこで感じたことは洋学紳士のいふことの95%は賛成できる。賛成できない5%は、民主主義にすればすべて解決するといふ部分だ。民主主義は独裁を止めさせる手段であり、目的ではない。そこを間違へると戦前のイギリス、フランス、オランダの植民地支配を正当化することになるし、最近では野田のように国民を騙しても多数を確保すればよいといふペテン屋が出てくる。
洋学紳士は立憲制より民主制がよいとする。それでは天皇をどうするのかと疑問を持つ人も出よう。天皇様は平安時代までと南北朝初期を除いて時の権力者を任命することと文化を伝へる役割を担はれた。今後もそれは変はらないし国民の敬愛も変はらない。立憲制だ民主制だと西洋の発想で分類する必要はない。
95%は賛成といふのは多すぎて85%かも知れない。そう思ひ直した。残りの10%は人類は進歩するといふ部分である。進歩はしても新たな問題が生じる。地球温暖化の今となつては、進歩ではなく滅亡の道に過ぎないことに人類は気が付くべきだ。(完)


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