二百七十三(その二)、ラオスに西洋文明を押し付けてはいけない

平成二十四年
五月二十八日(月)その二「日本は西洋文明を押し付けてはいけない、その二」
「青年海外協力隊ラオスOV会」といふブースは最悪だつたる。協力隊員自身はボランテイアだが訓練費、滞在費など経費は税金から支出される。私も二十年前、まだ結婚前のときに参加しようと説明会を聞きに行つたことがある。壇上の女性が同僚の男たちを批判する発言をした。これから参加しようと熱意に燃へた人達の前でああいふ発言をし、しかも自分の発言の順番が終はつた後もやたらと出しやばつて発言した。あの女性のおかげで私は応募しなかつたが、きつと同僚の男たちもひどかつたのだらう。
今回の出展では私が展示を見てゐるのにその前で元団員どうしが大声で雑談をする。展示した資料が見へないから中に入つて見てゐるとブースに半分くらい入つた状態で狭いブースの中で大声を出す。外で話したらいいではないか。更に言へば閲覧者がゐるのだから説明をしたらいいではないか。出展費用が日本の税金から出るのかラオス側から戻る形なのか知らぬが、これも税金の無駄遣ひである。
唯一救ひなのは、海外協力隊は現地語を学んでから派遣されると展示に書かれてゐた。多額の税金を使つたのだから日本と派遣された国との架け橋となるべきだ。

五月二十九日(火)「日本は西洋文明を押し付けてはいけない、その三」
出店にはキリスト教系の学校や欧州団体の日本支部の位置付けの団体もあつた。私はキリスト教が仏教国のラオスに布教することに反対するのではない。仏教が仏教国に布教することも反対である。十五年ほど前にスリランカで日本の既成仏教や新興仏教のカネにモノを言はせた派手な建物を見て、苦々しく感じた。
宗教も時間とともに堕落する。それを防ぐためと、海外の宗教のよい点を国内に生かすために海外の宗教を自発的に信仰する人がゐるのはよいことだ。しかしカネにものを言はせて布教すべきではない。先進国と称する国々の宗教事情は酷いものである。そもそも地球温暖化は最大の反宗教行為である。他国に布教する余裕があつたら国内に再布教すべきだ。これは難しい。しかし困難なことをやつてこそ布教である。
私が上座部仏教に感心を持つのも日本に上座部仏教を広めるためではない。上座部仏教に国民の関心を向けることで、堕落した日本の仏教各派を再生させることを目的とする。

五月三十一日(木)「アジア人がどうしが英語で話してはいけない」
メインステージとサテライトステージがあつて日本とミヤンマーから出演者した。これは徹頭徹尾反対である。メインステージではラオス民族舞踊団が26日(土)に二回、27日(日)に1回出演した。二日間で32ある演目のうち3つだけで、残りは日本とラオスのロツクやジヤズダンスなどである。せつかくだからラオスのロツクグループの出演を見た。アメリカや日本のロツクのやうな文化破壊性がなかつたのは唯一の救ひだつた。しかし長期で見ると発声、楽器、音階は古来のものを守らないと社会不安を起こす。或いは人類が滅びる前の僅かな期間のうたかたのような出来事なのだらう。
サテライトステージではラオス語講座をごく一部見た。といふかあちこちの出店を見る合間に寄つた。一部しか見なかつた理由は、文法と歴史経緯を教えない外国語講座は挨拶だとかを教へるだけで時間が無駄だからだ。
或るラオス人女性歌手も見ようと開始前から近くに陣取つた。メインステージが日本のバンド演奏といふのが理由だが、この歌手は舞台に上がるや開口一番に英語で30秒くらい挨拶した。日本語とラオス語には訳さなかつた。私はせつかく出演前からゐたが席を立つた。ここは日本である。あの程度の英語なら印刷すれば70%の日本人は理解できるが、日本語と英語は発音が大きく違ふし、ラオス人女性歌手の発音もよくないからおそらく10%の観客が理解するだらう。会場には多数のラオス人もゐる。せつかく日本語のできるラオス人スタツフが多数ゐるのだからラオス語で話してもらつて日本語に訳せば全員が理解できる。なぜへたな英語のままで進めるのか。
ラオスの内戦で戦死した多数の犠牲者は、この体たらくにさぞ嘆いてゐるだらう。私は英霊たちの嘆きを見るに耐へられないから退場した。

六月二日(土)「ラオスフエステイバルは耐用年数が終つた」
サテライトスタジオの横にゲームの出店があつた。百円でボール投げか何かのゲームをやり、収益金でラオスに小学校を建設するといふ触れ込みである。この出店はサテライトの奥で模擬店街の裏の通路にあり、雑踏を避けてメインステージに短時間で行ける。私は10回以上往復したがいつも客がゐない。出展料を払ひ元が取れないのでは可哀想だと思つたが、帰宅後にパンフレツトを見て驚いた。主催者側の出店である。
民間の出店なら5m先のサテライトスタジオの観客に「ラオスの小学校建設です」と呼びかけて来てもらふ筈だ。主催者側だから二人がぼんやり椅子に座つてゐて済むのだ。主催者は会場入つてすぐの運営本部ブースもあり、これは狭いテントで案内やパンフレツト配布をするから問題ない。隣に広いテントがあり「立入禁止」の貼紙があり、広い座席の一割位に座つた人たちがのんびりとくつろいでゐた。嫌な光景だとは思つたがそれだけでは問題にはしない。この程度のことは1年に数百回は遭遇するからだ。
帰宅後に偶々判つた。パンフレツトには「ベビー休憩所」と書かれてゐる。小さな字でどこかに「ベビー休憩所」と表示があつたかも知れないがその可能性は小さい。ベビー休憩所といふ名目の関係者の休憩所ではないのか。せつかく「タイフエステイバルと同等のものがそれほど混まずに行ける」と宣伝しようと思つたのに期待はずれだつた。ラオスフエステイバルは今回で三回目。昨年は中止されたから四年目である。既に耐用年数を超へたのだらう。為替レートの優越感でアジアに西洋思想を押し付ける催しは既に時代遅れとなつた。

六月三日(日)「成功した社会主義革命」
ラオスはアジアで最も成功した共産主義国である。仏教が弾圧されることもなかつた。貧困をなくすための共産主義国なのになぜ国全体が貧しいと欧米からは見られるのだらうか。まづ先進国と称する国は化石燃料を大量消費してゐる。そして地球を滅ぼさうとしてゐる。共産主義国は化石燃料の使用禁止を世界に強く訴へるべきだ。

六月五日(火)「民族解放運動を継承する組織を」
マルクスは万国の労働者の団結で戦争を無くさうと考へた。ところが実際には中ソ国境紛争、中越紛争など共産主義国が干戈を交えることさへあつた。ここに至りマルクスを100%実行することは不可能なことが判つた筈だ。
イントシナ半島の内戦も、終はつてみたらアメリカに擦り寄りだつたでは多数の犠牲者は浮かばれない。アジアの共産主義国は民族解放運動から生まれたものであり、帝国主義に最も反対したマルクスは当時は権威があつた。アジアの共産主義国はマルクスの学説のうちアジアで使へるものを用いて、一方で民族解放運動は継承すべきだ。
中国で70年代に漢方医学を重用したのはその一環である。アジアの共産主義国は帝国主義から独立した他の国々にも呼びかけ、民族解放運動を未来に継承する組織を作るべきだ。ASEANをさういふ組織に発展させてもよい。(完)


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