二千五百七十八(うた)品川区立綜合区民会館(きゅりあん)及び大井町周辺訪問記
甲辰(西洋発狂人歴2024)年
十二月七日(土)
先日、品川区立綜合区民会館へ行った。品川公会堂時代に、富士通川崎工場合唱団を聴きに行ったことがあった。半導体事業本部のマイコン(今のパソコン)時代だった。開発はマイコン事業部で富士通小杉ビル、営業は半導体統括営業部で港区虎ノ門2-3-13 第18森ビル、修理は宮内出荷センター。因みにマイコン事業部は、マイコンチップの技術とパソコンの技術で二つの部と、方式部の三つだったと思ふ。三十五年前のことなので、記憶が曖昧になった。
富士通のマイクロシリーズ 開発は川崎市内中原区小杉ビルにて 営業の統括部門虎ノ門第十八の森ビルに 修理部門は中原区宮内出荷センターに 半導体の時代には小さな組織 十三の機種
反歌
FMSマイコン部門唯一の子会社電算無数の一つ
十三の機種とは、FM8、7、New7と、11が六種、16βが三種、16π(パイ)が一種。このほか海外向けに16sだったかあったが、日本では販売しなかったから、数に入れてゐない。電算本部に移管した後の機種も入れてゐない。(12.08追記、16sが先に販売され、後から16βが開発された)
早く到着したので、まづ臨海線乗り場の改札前まで行った。反対側のエスカレーターで東急乗り場側へ上がり、JRと東急の改札外を見た。信号を渡って阪急大井ガーデンに入った。阪急百貨店はいまでもあるだらうか、と心配だったが存続してよかった。と云っても、名前が残るのは、阪急百貨店大井食品館だけだ。あとは入居店舗と、シングル館、ツイン館のホテルと銭湯、ゴルフテニス練習。
このあと品川区立綜合区民会館(きゅりあん)の前側を占めるヤマダデンキを、渡り廊下で繋がる別棟といっしょに見た。そのあと、きゅりあんの各階を見て回った。エレベータが二ヶ所に分かれ、大ホールは前側エレベータだ。
公会堂懐かしき名で 品川や文京豊島渋谷など各区にありて 集会や文化活動活性化する
反歌
文京は毎月親子良い映画観る会へ行く小学時代
品川公会堂が綜合区民会館に建て替はったのは、2010年頃だらうと想像した。帰宅し調べると1989年だ。合唱団を見に行った数年後だった。バブル期に計画を立てて、プラザ合意の円高の後も、暫くはバブルが続いた。時代背景が浮かぶ。
小杉ビルは、マンションになった。第十八森ビルは、虎ノ門2丁目タワーになった。宮内出荷センターは不明だが、川崎工場が製造をやらなくなったので、廃止されたと思ふ。(終)
(追記12.8)統括営業部は営業企画が中心で、実際の営業は支店が行った。富士通は支店が三十くらいあるが、半導体事業本部の組織が入居するのはそのうち八つくらいだった。
(追記12.8その二)昭和二十九年の品川区政ニュース「品川公会堂建設特集号」によると、集会場部分と公民館から成る。集会場は、一階が三九〇坪で、大集会場(客席八三〇)、展示場(四〇坪)、玄関大ホール(八〇坪)。二階が一〇五坪で、客席(三三〇)、広間(三五坪)。三階は、五〇坪で、映写室、客席(七〇)。公民館は、地階が四八.五坪で食堂(四四坪)。一階は一四六.五で、サロン(十六坪)、集会場(三三坪)、事務室。
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