二千十二(和語のうた)堀切菖蒲園、尾久の原公園、熊野跡、尾久銀座
壬寅(西洋野蛮歴2023)年
五月二十二日(月)
堀切の仕事は、四回目だ(二回目と三回目へ)。帰りに堀切菖蒲園へ寄った。菖蒲まつりは五月二十九日からなので、まだ少ししか咲かない。しかし開花したものは精一杯咲く。これが、ソメイヨシノの一斉につぼみになり一斉に満開になるのとの違ひだ。


堀切菖蒲園の案内がある。花ごよみを見ると、すべての月で咲く。これら三十九種の中で、アヤメ、カキツバタ、ハナショウブだけは赤色で書かれる。そこで伊勢物語に倣ひ、「かきつはた」の文字を各句の先頭に歌を作った。
葛飾に来て月ごとにつぼみから花となる園楽しひと年

最初、今回の特集は(新和語の歌、和語の歌)だった。それはこの歌が
葛飾に季をすべて見るつぼみから花となる園楽しひと年

だった。和語のみの歌も後から作り、それは
葛飾に来てすべて見るつぼみから花となる園楽しひと年

こちらをだいだい色にした。ところが推敲したら、こちらの方が佳くなった。そこで入れ替へて、(和語のうた)にした。

見終はったあと、京成電鉄で町屋駅まで戻った。歩いて、尾久の原公園へ寄った。ここは旭電化工業尾久工場の跡地で、池、湿地、野原がある。これは貴重だ。池は、ビニールで覆ひ、干上がることがない。蜻蛉が生息する。湿地は、池になったり干上がったりする。自然のままを残した。


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「おくのはら」の文字を各句の先頭に、歌を作った。
尾久の原熊野の前に野を歩く走れ池見よらいなーで行く

らいなーは和語なのかと云はれさうだが、日暮里舎人ライナーは固有名詞だ。「ら」で始まる和語は無いから、解決に苦労した。
歩いて、熊野神社跡の説明版を見た。熊野前の停留所があるので、熊野神社があるのかと思ったら、明治十一年八幡神社に合祀。跡地は小さな祠が残ったさうだ。王電(王子電軌。都電荒川線の前身)が開通した時は、すでに合祀のあとなのに、熊野前の停留所のある理由が判った。


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「くまのまえ」の文字を各句の先頭に、歌を詠んだ。
熊野前真(ま)に在るのかと野を進む前往く宮で縁を今に

前往く宮とは、前(都電通り)を一つ往くと宮の前に至る。歩いて尾久銀座商店街へ行った。縦に連続して別の商店街らしきものがある。英語名なので無視し、また商店がスカスカで商店街とまでは云へない。そのまま尾久銀座商店街へ入った。ここも、多少は商店以外がある。しかし流行る商店街だ。そのまま突き進めば明治通りなのに、途中で商店街は終はる。つまり、地元の人たちのための商店街だ。
「おく銀座」の文字を各句の先頭に歌を詠んだ。
大(おお)人出来る見る人が銀(しろがね)の座(まし)た心で買ひ帰る路

「おくきんさ」だと、「ん」で始まる語が無いので、解決に苦労した。
尾久銀座に一番近い駅は、日暮里舎人ライナーの赤土小学校前。都バスだと赤土小学校前か尾久本町通り。旧国鉄だと、田端駅が八百五十メートル、尾久駅は千二百メートルで遠い。(終)

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