千六百五十八(和語の歌) マンション管理人日記(飲んだら吐くな、吐くなら飲むな)
辛丑(2021)
十二月十八日(火)
先週担当したマンションは、道路から2mほど敷地が後退し、その部分は歩道として提供してゐる。提供部分の一番奥側の植木との境に嘔吐した人がゐた。
嘔吐物は、(1)ハイターを掛けて、(2)ホースの水で流し、(3)デッキブラシでこする。別に嫌でも何でもない。ところがこのマンションは(1)管理人が四日間休む、(2)ハイターがない、(3)ホースが無い、(4)水道口の位置が判らない、(5)デッキブラシが無い。
四日間の初日だったので、バケツで何杯も水を掛け、ゴミ拾い用ゴミ挟みで嘔吐物を移動した。これで九割は取れた。翌日から三日間バケツで水を流し続け、わずかに残留物がある程度にまでなった。四日間の経緯を業務日誌に書いて、あとはデッキブラシか雨天を待つことになった。
もう一つある。十一月まで六ヶ月間担当したマンションで、道路の排水口に嘔吐した人がゐた。時間が経つと固くなるため、バケツで水を掛けてもなかなか流れない。五杯くらい掛けて、あとは雨天のときにきれいになるだらうと思ったら、そのとほりになった。

十二月二十九日(水)
数日前に担当したマンションは風俗街にあるため、嘔吐物が館外にあることがある。事前の引継ぎのときに、(1)ハイターを掛ける、(2)放置し別の仕事をする、(3)ホースで流す、(4)デッキブラシでこする、を指示された。
勤務当日に嘔吐物は無かったが、犬の尿があったのでバケツで流した。犬の糞があるときは、嘔吐物と同じ作業をする。(暴)関係者が犬の散歩をさせるので、見ないでトラブルを避ける注意もあった。幸ひ、犬の散歩も出会はなかった。
このマンションは、今後話が来ても辞退することにした。それは以上挙げたことが理由ではない。管理員室に冷暖房が無い。

十二月三十日(木)
同じく二度と引き受けない仕事に、管理人がゐるマンションの清掃員がある。清掃員は勉強にもなるので、最初は無条件に引き受けた。次に一回だけ、更に次は複数の清掃員がゐるところなら引き受けた。何回かやってこれは勉強になった。
そして高田馬場のマンションを最後に、清掃員は引き受けないことにした。もともと高田馬場はミャンマー料理店が幾つかあるので、一回は引き受けるつもりで、そのこと自体は大変満足だった。あと管理人とも、途中から仲良しになった。しかし清掃員は引き受けないことにした。
別の駅近くのマンションで、風俗街を過ぎてその先にある住宅街では、何日も担当したが問題続出だった。エレベータに「奇声、大声を出さないでください」と貼り紙があった。大声はともかく、奇声って一体何だ。
朝、歌舞伎役者みたいな服装の人と廊下ですれ違ひ「おはようございます」とあいさつしたら、向かうもかるく頷いた。あの人は一体何だ。
ゴミ庫に、缶や瓶を入れた可燃物を出す人がゐる。それもゴミ庫に並べるのではなく、通路に放り投げる。前に、田町のマンションの管理人をやった人から、かう云ふことが多く注意すると逆にすごんでくるので、退職したいと会社に言ったら秋葉原のマンションに変へてもらひ、ここは良かった、と話を訊いたことがある。それと同じ状況だ。
動物内臓事件もあった。ゴミ庫外の水道で甘酸っぱい臭ひがする。昔、辻正信が前線に行って独特の臭ひがすると探して、皆が嫌がるのに日本兵の遺体を持ち帰らせたさうだ。それと同じ臭ひだらうが、量が少ないから風向で短時間微かに臭ふ。探すと10立方センチメートルくらいの内臓の破片がある。水で流し安心すると、一時間後にまた臭ふ。探すとまだあるので流した。翌日も臭ふ。探して水で流しやっと収まった。

十二月三十一日(金)
七ヶ月前に、実地研修があった。裏で公立小学校の改修工事がありそこの警備員が、昨夜道路工事の人がマンション横の道路わきに、合羽みたいなもので隠して大便をしたと云ふ。教育役の人と力を合はせて、バケツで遠方から水を汲んでは流して、歩道を越えて車道沿ひのマンホールに流した。丁度、小学校の生徒が列を組んで教師に引率されて来たので、ここは汚いですよ、と横の通りだが車道を歩いてもらった。表の通りだと車が多いから、かう云ふことはできない。
この教育役の方は、ハイターを掛けるなど汚物処理は知らなかった。私も当時は知らなかったが、清掃員を幾つかするうちに、たまたま話の端に出てくることを聞き逃さず覚えた。そして先日の引継ぎで、それが出た。

十二月十四日(火)
最初の話に戻ると、酒を飲むなら吐いてはいけない。「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」と云ふ交通標語が、四十年以上前にあった。それをもじって「飲んだら吐くな、吐くなら飲むな」。それには水を飲み、胃の中で三度に薄まるやうにすべきだ。太田胃三はここから出た。と云ふのは冗談で、あれは太田胃散だった。
酒を飲む 体が悪く ならぬ量(かさ) 悪しき心が 起きぬ升にて
(終)

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