千五百九十(和語の歌) 今回は八冊借りた(大島花束校閲「良寛歌集」)
辛丑(2021)
七月十日(土)
これまで良寛の歌集を二つ引用したが、今回紹介する大島花束校閲「良寛歌集」が最も優れる。その理由は、他の人の編集したものと異なり、余計なことを書かない。良寛の歌集なのだから、歌と註釈に留めるべきだ。
まづ「良寛略傳」は、箇条書きで八つ、三ページにまとめてある。簡潔で優れたものだ。その次の「良寛の歌について」も箇条書きで、七つ四ページにまとめてある。その一つを紹介すると
〇良寛の歌の見方には(中略)貞心尼が
かく世ばなれたる御身にしもさすが月花の情はすて給はずよろづの事につけ折にふれては歌よみ詩つくりて其の心ざしをのべ給へぬ・・・・・・殊に釋教は更にも云はず叉月の兎・鉢の子・白髪など詠み玉ふもあはれにたふとく打ちずしぬれば自ら心の濁も清まり行く心地なむせらるべき。
と書いてゐるやうにさすが月花の情と言ひ、殊に釋教は更にも言はずといふ所に良寛本來の面目から言へば歌を讀むなどといふことはこれ一種の淨業の餘事であるといふやうに考へたらしく思はれる。これは當時の人々の考の一面を代表したものと見てよいと思ふ。

貞心尼が「心の濁も清まり行く」と書いたのに対し、大島さんは「淨業の餘事」と解説する。「余事」の意味にもよるが、簡潔な文章を称賛しつつも、ここだけは貞心尼の原文のままがよいと思ふ。
良寛の 亡くなるまでの その伝へ 七つにまとめ 読みやすく 歌の見方も 八つにて 歌を集めた 書(ふみ)盛り上げる


七月十ニ日(月)
この歌集は、長歌、旋頭歌、短歌の順に並ぶ。長歌の一番目は
世の中は はかなきものぞ
あしびきの 山鳥の尾の(以下略)

と反歌二つ、二番目の長歌は
わくらばに 人となれるを
打ちなびき やまふのとこに(以下略)

この長歌について欄外に
わくらばの長歌を、これまで皆辭世だとしたのは間違である。これは良寛幼時の師、大森子陽の息、求古といつた人の落ちぶれ苦しんで居たのを悲しんだものである。次のうたを見ると明かである。

この解説に賛成。このあと「同じ」の題の長歌が一つ、「爲求古述懐」の題が一つ、「悲求古歌」が一つ、「求古に代りてよめる」が一つと続く。

七月十三日(火)
今回、大島花束校閲「良寛歌集」を絶賛した理由は、前回採り上げた東郷豊治「良寛歌集」にも欠陥がある。「手まりつき」「子どもと遊ぶ」「鉢の子」など八十四の章に、千三百九十八首の歌を載せる。平均すると一つの章に16.6首だ。
一つの章に、東郷豊治さんの書いた数行から二十行くらいの一言が載る。この中で第四十一章「七夕」は六行だが、後半で
良寛がどうしてこうも多数の七夕の歌を詠んでいるのであろう。ちょっと奇異な
感じがする。盆行事との関連からであろうか。祖霊祭の意味からであろうか。
それとも、若い日に秘められた恋愛でもあったからであろうか。

第四十一章「七夕」には十八首が載る。平均より1.4首多いだけだから、特に多い訳ではない。それより、最後の一行は余分だ。若い日に秘められた恋愛があったかどうかを問題にするのではない。根拠もなく勝手なことを書いてはいけない。
この一行により、東郷豊治「良寛歌集」は欠陥品、大島花束校閲「良寛歌集」は絶賛作になった。(終)

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