千四百七十二 (和歌)日電歩道と水平歩道
庚子(仏歴2563/64年、西暦2020、ヒジュラ歴1441/42年)
九月十五日(月)
黒部の水平歩道を登山中の大学生が昨日転落した。いっしょに登山中の父親が警察に連絡し、本日遺体が発見された。
水平歩道と日電歩道は、崖を削り幅が狭いところで70cm。太い針金が壁側にあるだけの危ない道らしい。黒部ダムを建設したときの条件で、登山道の整備を厚生省から義務づけられた。
たくさんの事故が起きるし、歩道の整備に関西電力は毎年数千万円を支出する。残雪と整備で八月までは通行できず、使へるのは九月から約一ヶ月間。通行者は三千人。上級者用のコースだ。朝日新聞電子版によると
富山県警などは、入念な準備と情報収集の徹底を呼びかける。(中略)とりわけ注意が必要なのは、黒部峡谷の「下ノ廊下」だ。昨年10月初めから10日余りで40~70代の男女5人が立て続けに亡くなったという。

「下ノ廊下」とは二つの歩道の通称だ。登山専門家の意見を聴かないと何とも云へないが、毎年数千万円を支出して維持する必要があるのか。犠牲者が将来働けなくなった損失や、救助の費用を考へれば、膨大な金額になる。
黒部ダム 二つの歩道は
魔の道だ 人工の道を
選ばずに 自然の山に 登るのがよい
(反歌)そこに山 在るから登る 名言も あるので閉鎖 する道もある
登山するのはそこに山があるからと云ふ名言もある。歩道がある限り登山者は登りたくなる。歩道を閉鎖すると云ふ道、即ち登山道もある。

九月十九日(土)
一ヶ月前に(和歌)黒部への仮想旅行を特集したが、今回の特集は転落事故のニュースを見たためで、前回とは無関係だった。水平歩道と日電歩道は初めて知った。下ノ廊下も初めて知った。
日電は 日本電力
大阪の 民間会社
戦中に 国家統制
持ち株と 残りの事業
終戦後 財閥解体 最後は消滅
(反歌)日本無線 日電傘下で 電力が 無くなったあとの 有力事業
日電は発電所などを現物出資し、持ち株会社になった。残った事業のうち有力なのは日本無線などわずかだった。その日本無線は、戦後に日清紡績の支援を受けて再建したが、三年前に日清紡ホールディングスの完全子会社になった。

九月二十日(日)
水平歩道は、東洋アルミナムがダム建設の調査のために作った。同社は日電に吸収され、日電は水平歩道を引き継ぐとともに、その先の日電歩道を作った。
日電で 日本電気を
思ひ出す 人もゐるかも
知れないが 有名なのは NECだ
(反歌)東横線 武蔵小杉を 過ぎ左 遠くに浮かぶ 文字NEC
小学生の頃、母に連れられて元住吉の伯母の家に行くとき、左の遠方にNECの文字が見えた。富士通マイコンシステムズに転職したときは、本社(富士通小杉ビル)の裏に新幹線と在来線(当時は横須賀線と貨物線。今は湘南新宿ラインと埼京線の相鉄乗り入れも)の四本の線路を挟んで、そのNECの通信機製造工場が広がった。(終)

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