千三百六十六(その三) 職場周辺の話題(1.クンメー2、2.シュエピータン)
己亥、基督歴2019+3α年、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
十月十日(木)
本日は1時間の私用外出を取り、大久保図書館に書籍を返しに行った。新大久保駅の東側に韓国のお店や料理店が多いことに驚いた。
会社に行くのに、ときどき新大久保で降りるが、西南に向かふので、南側のタイ、ベトナムなどと、西側の中国が目立ち、大久保周辺は韓国街からアジア街に変はったとばかり思ってゐた。
昼食はタイ料理店「クンメー1」でランチセット750円(税込み825円)のカンマンガイを食べた。スープ、ドリンクバー、デザート(フルーツポンチ)が飲み放題なので、価格満足度は高い。ご飯と肉も量が多い。野菜がやや少ないのと、タイ料理の特長である四種の調味料がないのが、やや不満か。
店を出たあと少し先に「クンメー本店」がある。外の料金表を見るとランチは800円(税込み880円)だ。同じ経営なのか、本家争いひなのか、などと考へた。
インターネットで調べると、「クンメー本店」と「クンメー1」は同じ経営だ。もう一つ「クンメー2」がかつてあり、写真を見ると、店の前に合掌する女性の木像がある。懐かしく思った。
この店の木像と「クンメー本店」などを見て、大久保は韓国街からアジア街に進化したと判断したのだった。「クンメー2」はいつ閉店したのだらうか。料理店紹介ページの口コミは2017年が最終だ。2014年に「クンメー2」が別の経営になったやうだとする口込みがある。根拠は、電光の置き看板が「プラクンメー2」になったと云ふのだ。

十月十一日(金)
インターネットで、大久保地区の開店情報を見つけた。それによると
91年ヤッタナー(ミャンマー料理)開店
94年3月クンメー(タイ料理)開店
94年8月アジア(モスリム向けミャンマー料理)開店
とある。99年頃、大久保駅から道路に出て左に少し曲がったところの線路際に、ビルマ料理店(当時はビルマが正式国名だった)があり、一回食べたことがある。
当時は新宿の本社に行った帰りにタイ料理店で食べるのが楽しみだった。ミャンマーはタイの隣国だし、同じ上座の国なので一回食べてみた。地図で調べるとヤッタナーは場所が違ふ。
ここで新たな情報があった。シュエピータンと云ふミャンマー料理店がある。場所は線路際で記憶にぴったしだ。1998年5月開業とあり、時期も合ふ。今まで大久保駅南口の左ばから探したが、北口の左だった。
在日ミャンマー人にも人気の本格ミャンマー料理、とインターネットにはあるがその後、閉店してしまった。

十月十二日(土)
アジア系料理店で悪い話もある。或る店に入ってメニューを探してゐると、店員がランチのメニューを持って来た。この店は何回も来たが、客は私一人だけのことが多かった。
たまたま私の後にサラリーマン風の男性が入った。メニューを見るが、店員はランチのメニューを出さない。暫くして注文した。あ、この人は常連だから特別なものを注文したのだと思った。しかし暫くして単品が出るのを見て、この人は驚いたから、ランチメニューを期待したのだ。
ここの店は、昼食は赤字だから撤退し、夜間のカラオケレストランだけにしたほうがいい。しかし昼食時に開店する限りは、誠実に経営をすべきだ。こんなやり方で、この国の料理店すべての評判を落とさなければいいが。

別の国のアジア料理店で、中年女の店員と料理の辛さが話題になった。韓国では幼児が二歳までは普通に食べさせて、それ以降はキムチも食べさせて辛さに慣れさせると云ふので、そのときは感心したが、なぜ韓国ではない料理店なのにキムチの話が出るのかよく判らなかった。
料理を食べ終った頃に、その店員は在日韓国人で、戦前から日本に住む永住権のある人の子や孫ではなく、二十歳くらいのときに韓国から来日したさうだ。なれなれしく話し掛けてくる上に、私の名前を訊いたり(答へなかったが)するので、これは危ない。この店も暫く行かないことにした。

外国系料理店に行くときは、ランチメニューはあるのか、ない場合はひと通りの昼食にするにはどのくらい注文するのかを、予め調べるとよい。
店に入ってから分からないときは、遠慮なく訊いて構はないし、気にいったものがないときは、また来るからと言って、そのまま出て構はない。
日本人が昼食時に、気軽に入店できる店が大久保、高田馬場に、もっともっと増えてほしいし、日本人も気軽に寄ってほしい。(終)

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