千三百三十三(モリカケ疑獄百八十四) 安倍の誠意のない答弁の正体
己亥、基督歴2019+3α年、ヒジュラ歴1440/41年、紀元2679年、仏歴2562/63年
七月十四日(日)
安倍の答弁は誠実さがまったくない。かねてさう思ってゐたが、その理由を印南敦史さん(作家、書評家)がNewsweek.comに掲載したので紹介したい。
女性新聞記者とエリート官僚との対峙を描写した映画『新聞記者』が話題だ。誰もが知る政治事件(と似た話)が続々と登場するサスペンスドラマであり、ベースになっているのは東京新聞の望月衣塑子記者による同名書籍である。
その書籍も非常に興味深く読んだし、映画もぜひ見ておくべきだと感じる。が、同じように"いま、この時期だからこそ"読んでおきたいのが、望月氏が中心となって作られた『「安倍晋三」大研究』(望月衣塑子&特別取材班 著、KKベストセラーズ)だ。安倍晋三首相、そして安倍政権をさまざまな角度から解き明かした一冊である。

記事は上記で始まる。そして第2章「最強首相・安倍晋三を考える 〜安倍話法と安倍史観〜」から四つの話法を紹介する。
論点をずらす第1のテクニック
まず「安倍話法を考える①」として紹介されているのが、「『ご飯論法』で論点をずらす」である。ピンとくる方もいるだろう。この「ご飯論法」とは、安倍首相や彼に忖度する大臣、官僚たちが使う特徴的な話し方のことである。
法政大学キャリアデザイン学部の上西充子教授と、ブロガー/漫画評論家である紙屋高雪氏が発案し、命名したものだという。例えばこんなやりとりだ。
Q 「朝ごはんは食べなかったんですか?」
A 「ご飯は食べませんでした(パンは食べましたが、それは黙っている)」
Q 「何も食べなかったんですね?」
A 「何も、と聞かれましても、どこまでを食事の範囲に入れるかは、必ずしも明確ではありませんので......」(上西充子教授のツイッター)

これだけでも悪質だが、更に続き
また上西教授は、これに続くやり取りも紹介している。
Q 「では、何か食べたんですか?」
A 「お尋ねの趣旨が必ずしもわかりませんが、一般論で申し上げますと、朝食を摂る、というのは健康のために大切であります」
Q 「いや、一般論を伺っているんじゃないんです。あなたが昨日、朝ごはんを食べたかどうかが、問題なんですよ」
A 「ですから......」(上西充子教授のツイッター)

安倍がこのやり方を使った場面は
キャスターの星浩氏から、加計孝太郎理事長とゴルフや会食を頻繁に重ねたことの是非を問われて、
「ゴルフに偏見をもっておられると思います。今、オリンピックの種目になってますから。ゴルフがダメでですね、テニスはいいのか、将棋はいいのか、ということなんだろうと思いますよ」と持論を展開。(130〜131ページより)
「学生時代からの友人であっても利害関係者との飲食やゴルフなどの交流を持つこと自体を、慎むべきではないか」と追及されているにもかかわらず、「ゴルフはなぜ、いけないんだ」と、開き直って、質問の論点を曖昧にしているということだ。


七月十五日(月)
次に
「安倍話法を考える②」は、「『一』『1』で強調して否定する」こと。

これについて
国民民主党(当時)の今井雅人議員から、「森友と加計、その他いろいろの問題をお伺いしたいと思いますが、(中略)ここまで来て、総理は、うみは出し切るとおっしゃっておられましたが、もううみは出しきられたというふうに思われますか」と問われた安倍首相は、「加計問題について言えば、まさにプロセスにおいてはこれは一点の曇りもなかったのは間違いないだろう、こう思うところでございますし、私から指示や依頼を受けた人は、これは前川次官も含めて、誰もいないということは明らかになっているというふうに考えるところでございます」(二〇一八年五月二八日 衆議院予算委員会)と返答。

結論として
「一度も」あるいは「一回もない」というのは、非常に強い否定である。自分への疑いを晴らすには効果のある言い方だと著者は言うが、子供の言い訳に近いと個人的には感じる。事実、根拠もないのにはっきり否定してしまうのは幼児性の表れでもあろう。


七月十六日(火)
次に
二者択一の質問なのに、関係ないことをダラダラ話す
「安倍話法を考える③」は、「YES(はい)NO(いいえ)で答えない」。YESかNOか二者択一の質問に対しては、「YES(はい)」とも「NO(いいえ)」とも答弁しないということだ。
2017年5月8日、衆議院予算委員会で、民進党(当時)の長妻昭議員が「自民党憲法草案の主要な3点については、取り下げるのか?」と安倍首相に質問した。本来なら安倍首相は、肯定するか、否定するか、どちらかを選べばいいだけだ。
(中略)
安倍内閣総理大臣 いま、繰り返しになるんですが、私は、ここは内閣総理大臣として立っており、いわば私が答弁する義務は、内閣総理大臣として義務を負っているわけでございます。自民党総裁としての考え方は相当詳しく読売新聞に書いてありますから、ぜひそれを熟読していただいてもいいんだろうと。これは自民党......(発言する者あり)済みません、ちょっと静かに。(中略)つまり、それはもうそこに、いわば党総裁としてはそこで述べていますから、ぜひ党総裁としての考え方はそこで知っていただきたい。ここで党総裁としての考え方をるる述べるべきではないというのが私の考え方でありますから、それはぜひそこでいわば自民党総裁としては知っていただきたく。あるいはまた、ビデオでそれは述べているわけでございます。(中略)
結局、この長い長い答弁を止めたのは、浜田靖一委員長だった。
浜田委員長 総理、済みません、簡潔に願います。
しかし、安倍首相は諦めない。
安倍内閣総理大臣 簡潔に申し上げますと、結果を出す上においては、まさに議論をしていく上においてだんだんこれが収れんしていくという中における一つの考え方として申し上げたところでございます。どうかその点を御理解いただきたい。こう思うところでございます。(二〇一七年五月八日 衆議院予算委員会より)

このやり方について
著者は、時間を使って相手を煙に巻く「ダラダラ話法」だと呼んでいるが、長い答弁で相手をうんざりさせるためには、なるほど効果的かもしれない。

このまま放置すると、安倍が得をしてしまふ。選挙演説で、この卑怯な答弁方法をどんどん批判したほうがいい。

七月十七日(水)
次に
「印象操作だ」「レッテル貼りだ」が視聴者に与える影響
そして「安倍話法を考える④」は、「『印象操作』は時間稼ぎのテクニック」である。
ご存じのとおり安倍首相は、国会で対立相手の野党や質問議員から森友・加計問題などを追及されると、「印象操作だ」「レッテル貼りだ」と興奮しながら批判を繰り返す傾向がある(そもそも、それは総理大臣にあるまじき態度なのだが)。しかし、こうした答弁そのものが、議員が質問した内容は「間違っている」という印象を植え付けようとしているのではないかと著者は言う。

これについて
国際医療福祉大学の川上和久教授(政治心理学)は、「『印象操作だ』と言って正面から疑問に答えず、時間稼ぎをしながら野党を批判するという安倍首相のテクニックだ」(毎日新聞二〇一七年六月五日)と分析する。(139ページより)

注目すべきは
なお、安倍首相が「印象操作」という言葉を多用し始めたのは、2017年2月のこと。森友学園問題をめぐる朝日新聞のスクープがあり、安倍首相や財務省の言葉の真偽に世間の注目が集まっていた時期だ。
この年、衆参両方の委員会で、安倍首相は計27回も「印象操作」という言葉を発しているのだという。よほど、それが自身を防御するために有効だと思ったのだろう。

安倍問題は、モリカケ問題に始まり、モリカケ問題で終る。(終)

モリカケ疑獄百八十三の三次、モリカケ疑獄百八十四の二

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