千二百五十七 職場と、我が家と、近隣の話題
平成三十一己亥年
一月十二日(土)青梅街道
今まで青梅街道を歩くことはほとんどなかった。新宿駅から会社まで信号が三つある上に、通勤者で混雑する。それよりはゆったり歩ける新大久保駅下車(往路)、新宿中央通り(復路)経由を選んだ。
ところが青梅街道は新宿駅に向かって斜めなので、距離が短い。そのため最近は出勤時も退勤時も青梅街道を歩くやうになった。
そして新大久保や百人町の100円ローソンに寄ることが、ほとんど無くなった。併せてロングウィンナーパンを買ふことが無くなった。その前からツナコッペは販売しなくなったため、買はなくなった。これらのパンを買はないのは、週二回は中華料理店や稀にだがタイ料理店で500円の弁当を買ふからだ。

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一月十七日(木)隣のビルの中華料理店
隣のビルにも中華料理店がある。しかも二つある。そのうちの一つは、弁当が五百円、五百五十円、六百円と三種ある。このうち五百円を買ったところ、おかず(小菜を除く)が一品だし、ごはんが上げ底だし(おかずも上げ底だがそれほど目立たない)、価格に対する満足度が低い。この店には円形プラスチックの弁当もあるので、二回目はそれの五目焼きそば(柔らか)を買ってみた。具について野菜は多いもののたんぱく質は小エビが二つ、イカの縦切り(1cmくらい)が二つと、これも価格満足度が低い。
インターネットで調べると、日本の企業があちこちに店を経営する。店員が中国人でも、経営者が日本人だと価格満足度が低いのではないかと、仮説を立ててみた。
もう一つの店は全品六百円だから素通りした。かう考へると、私が勤務するビルの中華料理店は価格満足度が高い。しかしだからと言って安心してはいけない。前の更に前の本社があったビルは西新宿の青梅街道反対側のごみごみした一角だが、何とタイ料理店が入居してゐた。私は横浜勤務で、本社に行ったところタイ料理店は廃業したあとだった。
近くの衛星画像処理の会社で何回もタイに出張した人の話では、最初に店ができた時は閑古鳥が鳴いた。値下げをしたら繁盛するやうになった。そこで値上げをしたところ店がつぶれたさうだ。タイウォッチャーが云ふのだから間違ひない。店の跡は長らく空き状態だったが、今はスポーツ用品店が入居した。

一月十八日(金)アイランドとアイタウン
昨夜は朝日スポーツクラブに行った。プールで耳に水が入り一日経っても出て来ない。そこで耳鼻科に行くことにした。会社の向かひのビルと、アイランドと二箇所ある。向かひのビルは木曜が休診だから、金曜は混むおそれがある。しかも午後の開始が一時間遅い。
向かひのビルは同じ階の内科にも通ふので、違ふビルのほうが見聞を広めることができる。その一方で寒い道路を長距離歩かなくて済むし、私用外出の時間も短い。最後は医師の経験年数まで調べ、しかし午後の開始が一時間早いことが決め手となって、アイランドに行った。午後になり、耳の調子が悪くなり、早く治療してほしいと云ふ気持ちが勝った。
アイランドは幾つかの建物が集合する。小さな建物の一階だった。薬局は大きな建物に二つある。別の建物にも同名の薬局がある。アイランドは耳鼻科が一つ、歯科が二つ。古くは眼科があるらしい。薬局が三つは過大だが、隣に医科大学があるから、その患者が地下鉄に乗る前に寄るのであらう。
私がよく行く郵便局はアイタウンにある。アイランドと間違へやすい。なぜこんな紛らはしい名称を付けるのか。思へば二年前に会社が移転した最初は、場所が判らず交番で訊いてアイランドの郵便局に行った。

一月十九日(土)公園通り
復路が、青梅街道経由から公園通り経由に戻った。と云っても昨日は中央通りを歩かず北通りを歩いた。それはアイランドの裏側を見るためだった。今までに何回も歩いたのだが、「LOVE」と云ふ字形のデザインがアイランドとは知らなかった。これはアメリカ人のデザインで、ほかにもイタリア人、フランス人、日本人の作品もあるさうだ。惜しむべきは、これらが日本の伝統と合はないため、関係者を除く通行人の心に響かない。私も、クリスマスの飾り物が未撤去なのだらうと思った。

一月十九日(土)その二戦争最初の航空機国内犠牲者
かつて我が家の近くに、鳥居と社と墓標と説明板と数本の樹木があった。遠くから見れば、小規模の林に見えたことだらう。説明板によると、開戦後にこの上空で軍用機二機が衝突し、国内初めての軍用機の死者になったとのことだった。
今から二十年程前(不確実)だらうか敷地が大きく減少し、鳥居は無くなり、二つの社は小さく(不確実)なった。石碑はあるが、昔の墓標は別にあったかも知れない。
その後、手入れをする人が無く、草が延びて立ち入りができることさへ判らなくなった。しかし最近は立ち入ることが可能になった。それは私がときどき草を踏み、小道に伸びた枝を折り、葉を抜くからだ。
私自身は、死者を社に祀ることは明治維新までの正しい伝統ではないと考へる。だから教義上は靖国神社に反対で、将来は各宗派(この前例として日泰寺がある)と伊勢神宮が共同で管理し、仏像や墓標も安置すべきだと思ふ。
そんな考へではあるが、社を草ぼうぼうで立ち入ることができなくしてよいことはない。死者にはきちんと敬意を表するべきだし、所有地内に社を築いた方にも、皆が参詣することにより賛意を表するべきだ。

一月二十一日(月)新しい靴
会社に行くときに履く靴はドンキホーテで買った五千円の合皮靴だ。もう一足、アウトレットで買った一万二千円の靴があり、一回は試着で会社まで往復したが、その後はよそ行き用に下足入れに入れておいた。
先週の金曜に妻が靴を入れ替へたらしく、新しい靴が並べてあり、時間がないのでそのまま履いて家を出た。いつもは駅まで一部走ることがあり、これで時間を調整する。ところが靴がよいと走れない。会社で恒例の二十五階から一階まで一往復も中止した。良い靴には欠点もある。(終)

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