千二百三十 ミャンマー経典学習会(ミャンマー語教師が多数来た)
平成三十戊戌
十一月十六日(金)
今月のミャンマー経典学習会は先週の日曜に行はれた。今回は、日本人のミャンマー語の教師11人が参加した。引率のミャンマー人女性から日本語で、「セヤドーとお呼びしてください」などの注意を受けて、セヤドーが来られた。
そのあと質問の時間になり、文化と仏教の関係の質問が出た。私も、文化の一部に宗教があると主張してきた。決して、地域住民のうち一部が宗教を信じるのではなく、地域住民の所属する文化の一部が宗教だ。質問者はそこまで意図したのかも知れないが、回答は簡単だった。宗教法人の設立は難しいため、文化と福祉のNPO。多くのミャンマー人にとりこの二つは仏教だから、矛盾するものではない。
少数民族、他宗教の人たちも来るのかと云ふ質問もあった。セヤドーの回答は、口伝へに参拝者が増えて、少数民族も来るし、他宗教の人たちが来ることもあるとのことだった。学習会が終了ののちに、一階の食堂での茶話会も終了の後に食器を片づけるときに、高田馬場のミャンマーレストランが話題になった。私が、シャン族の料理店がありますね、といふと、明日の料理はシャン料理だ、とミャンマー人が言ってゐた。
子供たちへの文化継承の質問も出た。仏教とミャンマー語を教へる。ミャンマーで生まれた子供は仏像などへの作法もきちんとできるが、日本で生まれた子供は日本の幼稚園に行くため、作法がきちんとできず、建物から外に出ると日本生まれに戻ってしまふ、と云ふ回答だった。
途中でいつも通訳してくださる方が来られ、暫くして質問が仏法に関係する内容だったので、通訳者を交代し、質問会は続いた。2時25分頃から、いつもと同じく読経を行った。その後、経典学習の途中で、お布施の紙の箱が回ってきて、皆さん1000円くらいづつ寄進を頂き、退場された。
今回は最初に質問会があったので、経典学習会のあとの質問会は行はれなかった。それでも初参加の女性が、いくつか質問されセヤドーも丁寧に答へられた。
茶話会のときに、数年ぶりに参加した方が、先ほどの人たちは移民問題の研究者だと話した。なるほどと思ったが、学習会で通訳さんが訳されたことに、一人の参加者が訂正された(2つのパーリ語の用語の取り違へ)ことから、やはりミャンマー語の専門家ではないかと思ふ。

十一月十七日(土)
質問会のメモが出てきた。
自分が信じる。つまり体、心、言葉で信じてゐる。いいことをしたらいい結果、悪いことをしたら悪い結果。
涅槃まで行ける。涅槃はルパ(体)、ナマ(心)がない。涅槃まで誰かが連れて行くことはできず、自分で行く。行き方は、仏法僧が教へてくれる(先生の立場)。布施(誰かにあげる)、戒律を守る、修行する(瞑想など)。瞑想は最終的にする修行。最終的にルパ、ナマのない状態に。
文化について、ミャンマーは仏教国なので仏教の教えに基づいて人々は生活してゐる。福祉も布施など仏教に関係してゐる。
日本人は静か、ゆっくり。ミャンマー人はうるさい、しゃべるときも元気よく。周辺からうるさいと苦情が来たこともあった。
イベントや、ミャンマーからセヤドーが来るときは地域センターを借りる。
シャン族など少数民族と、ほかの宗教の人も来る。
ミャンマー語で会話、読み書き、文化、(1)仏、(2)法、(3)僧への尊敬、(4)両親、(5)先生を尊敬。週に3回50人

以上のお話があった。なるほど「涅槃は体、心がない。涅槃まで誰かが連れて行くことはできず、自分で行く」は上座部仏教の根本だが、「行き方は、仏法僧が教へてくれる(先生の立場)」で、大乗仏法も違ひはない。幾ら人生が楽しくても生老病死は避けられないから、涅槃についての説明も自然だ。
日本では子供のときから、生まれ変はる話と閻魔大王の話ばかり聞いて育つから、無我とは自分の所持物がないことだ、だとか、涅槃してもまたこの世に菩薩として戻ってくる、などと理屈を付けなくてはならなくなる。仏法はもっと判り易いものだ。

十一月十七日(土)その二
経典学習では次のお話があった。私のメモ書きによると
受に関する随観Vedana-nupassana-(ここで-は文字の上に横線)のVedana-nについて、感情(「感覚」の聴き間違ひ、或いはメモの誤記か)と訳すことがあるが、もっと経験を入れたほうがよい。英語だとsensation。
ウィパサナをしてきた人は、苦しみの受があっても、受を受だと判ってゐるから耐へられる。瞑想しサマディが進む人は、何時間でも坐ることができる。受が受の仕事をしてゐると判るから。
「楽の受」について(1)体の楽、(2)心の楽。
Sakatinasutta帝釈天問答 大念住経は人間に対してなので、まづ体のことを説明。帝釈天問答ではナマをよく判るので優先して説いた。ナマの中でも受の瞑想を優先。神々は体が柔らかい(弱い)。一日食べないと死んでしまふ。消化が速い。
生き物だと云ふ執着を無くす。

以上のお話があった。今回は学習会終了後の質問会は無かったが、初めて参加した熱心な女性の方から本堂の仏像について質問があり、中央のブッダの右側の仏像はブッダが梵天から戻ったとき、左側はディベンカラブッダ(ブッダになる前、いつなるか)との説明があった。
茶話会で、数年ぶりに参加された方が、原典から説明してくれるのはここだけと感想を話された。なるほど今まで気付かなかったが、スマナサーラ長老の法話は確かに面白い。原典や注釈書を判った上でそれらには触れず現代に会ふ話をされるので、それは偉大なことだ。しかし別の長老の話を聞けば、同じ分野についても別の解釈を話されるだらう。信徒の信心増進に役立つ内容であれば比丘によって異なって構はないのだが、私は伝統がどうだったかを知りたいから、原典に沿った話はためになる。あと、セヤドーが子供のころはかうだった、と云ふやうな話は聞き逃さないやうにしてゐる。
昔よく来られた方が「ここはディープな仏法を聴きたい人が集まる」と話されてゐたが、確かにそのとほりだ。「人によって合ふセヤドーが決まってゐて、私は前世からの因縁か、オバサ・セヤドーが合ふ」とも話されてゐたがその後、見かけなくなった。前の通訳チョウチョウタイさんの帰国に合はせて、今はミャンマーで修行をしてゐるのかも知れない。(終)

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