千二百二十八 1.インフルエンザ予防接種ののち、佼成図書館とアジアンフードに行った話、2.立正佼成会称賛(普門館開放)
平成三十戊戌
十一月七日(水)
職場でインフルエンザの集団予防接種を行ふ。三年前まではこれを申し込んだが、二年前からは健保組合から補助金の出る医療機関のうちの安いところを見つけて、出掛けるやうになった。
一昨年は中野区内の医院で接種した。昨年は自宅近くの医院で接種した。今年は一昨年の医院に行った。一昨年と今年では会社が中野区から新宿区に移転したのに、同じ医院に行く。知らない人が聞けば変な話だが、医院は移転前と移転後の中間にあるからできる芸当だった。

十一月九日(金)
今回初めての試みとして、病院に行ったあと私用外出を続けて別の場所に寄ってみた。月に3時間59分までは遅刻早退私用外出が認められる。
予防接種のあと、佼成図書館に行った。図書館を出て会社に戻る途中、中野新橋駅の近くのガウタマ・ブッダと云ふアジアンフードレストランで昼食弁当を買った。ネパール人が経営する店で、ここはお薦めだ。
今回は弁当を買ったが、次回は店で食べたいものだ。ガウタマ・ブッダと云っても、店の中に宗教関係の物はない。キリスト教関係者も、神道関係者も、誰もが安心して食べることができる。
今回は私用外出が2時間50分。会社には昼休み中に戻り、弁当のチキンカレー、サラダ、ナンを食べた。

十一月十日(土)
今年行った医院は予防注射が2800円。今年は健保組合から2300円の補助が出るから自己負担は500円だった。
昨年は自宅近くで接種は2500円。しかも土曜と指定された日曜は2000円。昨年から補助が2300円に増額され、私は土日に受けたから補助金のほうが高かった。この場合は差額が戻らない。しかしそれは医療機関の経営努力の賜物だから、医療機関で受け取ってほしい。
ここの医療機関は土曜と指定された日曜に集中して予防接種を行ひ、問診票のチェックと口頭質問は若い医師が行ふ。若い医師も開業前のアルバイトで喜ぶし、接種を受ける人たちも安いから喜ぶ。皆が幸せでよいことだ。

十一月十一日(日)
昨日は、まづ佼成図書館に行った。昼食はガウタマ・ブッダにしようと、いろいろ時間配分を考へたが、中野新橋駅まで一駅分を往復歩くのは無理がある。またの機会にすることにした。往路は中野富士見町まで、復路は方南町から、どちらも地下鉄の土日券を用ゐた。
午後2時を15分ほど過ぎた辺りで、普門館に向かった。立正佼成会は、普門館と云ふ円形のホールが一番大きな建物だった。私も一回入ったことがある。まだ大聖堂ができる前のことだ。
その後、都立特別支援学校でコンピュータを教へるやうになって、会社に戻るときに普門館の脇を通ることもあった。大聖堂ができたことが、昔とは違った。
その懐かしい普門館が解体される。立正佼成会主催で、普門館の開放が行はれた。月曜から金曜までは夜6時から9時、土曜は午後2時から9時、日曜は御膳10時から午後4時。
場内では立正佼成会職員が親切なので、感激した。一か月ほど前、月刊誌に立正佼成会の会員減少が著しいと云ふ記事が載った。立正佼成会は、今後も会員数を維持してほしいと思ふ。
新興宗教は世代が交代すると子に抵抗がある。まづ、在来の宗派に所属する方法がある。とは云へ日蓮宗は日蓮系では大きくなり過ぎた。法華宗のどこかの派と連携し、会長はそこの派で有髪のまま一時出家し、在家に戻るものの僧籍は残し、そこの派への発言権と宗費は一寺分、僧侶一人分に留める。
これは従来の伝統と大きく異なるため、別の方法として日蓮聖人門下連合会に加盟する方法がある。会の名は伝統を維持するため立正佼成会を法人名としながら、通称は立正佼成宗も用ゐる。日蓮宗や法華宗と同等となれば、世代交代しても、熱心な会員であり続けるだらう。

十一月十一日(日)その二
普門館で印象に残ったことを記録したい。まづ建物はガラス窓部分の外側に細い金属棒が円を貴重とした模様を構成し、これが建物の外観を決定してゐる。窓のない部分は白いタイルを張り詰めて、これも外観に影響を与へる。
今回は舞台向かって左側の先の通用口から入り、左に便所、右に出演者控室のある廊下を進んで舞台に出る。舞台は後ろが広く、なるほど普段は幕を降ろすが、その背後には大道具を待機させる場所がこれほど広いのかと驚いた。
普門館はかつて中学高校の吹奏楽の全国コンクールが行はれた。だから今回の催しは、楽器を持参して音を出せることが特長だった。舞台混雑のため、入場前に並んで15分ほどして、30分入れ替へ制にすると案内があった。あと二回待ちか。私の隣の人はすぐ帰った。私は佼成図書館に戻るか並ぶか迷ったが、そのまま並んだ。1時間で入場できた。
1/3ほどの人が楽器を持参した。暫くは誰もが見学に熱中したが、10分ほどして演奏を始める人が出て、あっ、と云ふ声とともに、散発的に音出しする人が現れた。その1人に、音響が悪くないか質問すると、ここで演奏するのは初めてなんです、と判らない様子だった。
建物は長円形のため、舞台背後は曲線で、しかし舞台は長方形になる。舞台の前は逆方向に膨らんだ円弧で、ここは立ち入り禁止だ。客席も立ち入り禁止だ。これらの詳細は舞台向かって右側の通路で分かった。壁に貼られた4年前の掲示に、耐震不足のため客席は立ち入り禁止とある。別の貼り紙は恒久のもので、場内略図だ。それによると舞台前方の円弧はオーケストラボックスで、それのせり上がった物だった。
舞台裏に仏像奉安のための背の高い白木の箱がある。記念スタンプ台の前の職員に仏像を安置してあるのですかと訊くと、わざわざ仏壇の前まで行ってカーテンを開け、前は仏像があったが今は移動させたと解説してくださった。仏壇が舞台裏の左に偏った位置で、しかも右側には無いので、正面ホールにあった仏壇を一時的に奉安したと思はれる。この時点では、普門館を今後どうするかは決まってゐなかった。
舞台向かって右側の通路の先は、2台の使はれなくなったエレベータと、受付がある。エレベータ横の各階案内板は、少し傾いてゐた。4F東京佼成ウインドオーケストラ、5F世界宗教者平和会議日本委員会、国際伝道本部、国際仏教協会とある。最後の2つも国際仏教組織かと思ったが、英文を見て立正佼成会の団体だと判った。スマホを忘れたため、写真撮影をできなかったことが残念だった。
30分の終了間際に、一団の人たちが演奏を始めた。もともと一団が演奏してもよいが、複数が重なることがあると云ふ趣旨だったので驚かなかった。場内整理の若い女性職員が、間奏の部分で手拍子を合はせたので、或いは主催者側の催しかも知れない。事実演奏が終はったあと、指揮は何々オーケストラの何々さんでした、と紹介があった。
建物の外の敷地内を一周した。地下に駐車場があり、しかしずっと使はれてゐない様子だった。ガラス窓の外側の細い金属棒に、一周で数か所、南京錠と鎖が掛かり、子供に注意と書いてある。1ヶ所に両開きが2つ並び、非常口だった。
二階は大聖堂などと連絡する歩道橋があり、普門館の通用口もある。4階や5階へは、ここから入るらしく、2台のエレベータも動いてゐた。(終)

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