千二百二十三 1.井上哲玄さんの中野サンプラザでの講演、2.大塚達雄(たつゆう)老師の坐禅会
平成三十戊戌
十一月六日(火)
井上寛道さんのお兄さんに井上哲玄さんがゐる。遠州浜松の住職を引退し、今は全国で布教活動をされる。Youtubeに二年前の中野サンプラザでの法話会があるので、その前半を聴いた。後半は質問会なので、時間があるときに聴きたい。
前半を要約すると、例へば(扇子で机を叩いて)音がする。耳はそのまま感じるだけで、すぐ音はなくなる。音は既に過去のものだ。あとは頭がいろいろ考へる。
なるほどこれは悟りだ。六根から入るものはすべて一瞬で消滅し過去になる。それを頭でいつまでも考へるから、人生に悩む人が出てくる。
成願寺の井上坐禅会で、世話人の老師が、ここでは禅も教へると云はれたのはこのことなのかと納得した。

十一月七日(水)
悟ったなんて云ふと問題になる。悟りの内容を語ればこれも問題になる。だから普通は何も云はない。しかしそれでは事勿れ主義だ。井上哲玄さんの法話は貴重だ。五感から入る情報は一瞬で、すぐ消えてしまふ。五感は考へないのに、頭が考へる。実に明快だ。

十一月八日(木)
まづ悟りとは、悟った悟らないと二分できるものではない。その中間が無限にある。更に、悟っても怠ければ悟らないほうに戻るし、悟らなくても修行を続ければ悟る。つまり流動的なものだ。私はこのやうに考へるから、井上哲玄さんの法話は悟りへの道だと考へて何の問題もないと思ふ。
さて、井上哲玄さんの主張は、曹洞宗全体で支持されてゐる訳ではない。それは人によって五感からの感受度、性格、考へ方の三つが異なるからだ。感受度は一瞬、性格は三十秒、考へ方はそれ以上と分類することもできる。
井上哲玄さんの主張は、感受度の高い人向きだ。それ以外の人には「人生皆苦」が合ふ人もゐるだらう。「無常」が合ふ人もゐることだらう。「無我」が合ふ人もゐる。阿弥陀仏に祈ることが合ふ人も、X経を唱へることが合ふ人も、XX教、イスラム教、ヒンドゥー教、儒教道教神道を信じることが合ふ人もゐる。それぞれが合ふ方法を用ゐればよい。

十一月十日(土)
昨日の成願寺の坐禅会は、大塚達雄(たつゆう)老師が講師だった。四年前の寺報では静岡県良泉寺住職とあり、今は引退されたのかどうかは不明だ。「静岡県良泉寺」で検索すると、浜松と中伊豆に同じ名称の寺がある。どちらかは不明だ。
長年藤沢市の高等学校で坐禅の指導等をいたしております。

「藤沢 高校 坐禅」で検索すると遊行寺の僧侶養成機関「時宗宗学林」の後身、藤嶺学園とある。大塚達雄老師の指導は、教本の持ち方など型に関することが中心で、これはよいことだ。更に、型の背景も説明してくださる。これは為になる。
坐禅は1時間で、普通の一柱より長かった。これは導師の気持ちが乗ると長いことがあり、達雄老師が常時長い訳ではないと思ふ。私は始まる25分前くらいから坐禅を始めたので、二柱を続けて行った長さになった。最後のほうは足が痛く肩も凝った。
終了後に、経行ではないが皆にその場で立たせて、半歩片足を前に出し、かかとの上げ下げなどを一斉に行った。そのときは何のことかよく判らなかったが、あとで小冊子を読んでなるほど高校での坐禅指導の経験かと判った。一般の生徒に指導するときは、足が痛くて転倒することがないやう注意が必要だ。

十一月十一日(日)
坐禅終了後は本堂から書院(正式名は不明)に戻り、お茶、お菓子を頂いて休憩の後に、老師が来られて提唱が始まった。修証義と書かれた曹洞宗宗務庁発行の経本には、開経偈(和訓)が先頭に載る。先々週は皆で唱へるとき、私だけ最後が異なる。だから小声で唱へて合はない部分は沈黙するやうにした。
今回はお経本があり、しかも唱へるのは導師だけで、しかも漢文の音読みだった。なるほど前回は和訓だった。昭和47年に初版、昭和58年に改訂、平成11年に修訂。昔から和訓だったのか途中で改訂したのか。
そんなことを考へるうちに、修証義第四章「発願利生」を皆で拝読ののちに、解説があった。
設い七歳の女流なりとも即ち四衆の導師なり

これは道元の名言だ。(終)

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