千百八十九 NHKスペシャル「ブッダ 大いなる旅路」を批判
平成三十戊戌
八月二十六日(日)
三度、アベサマのNHKを批判することにした。そもそもNHKは
1.アナウンサーは本来は黒子を被って出演するか、或いは副調整室の隅で話すべきなのに画面に映す。それだけならまだしもアナウンサー崩れが解説者、ディレクターなどと称してでしゃばる。
2.大河ドラマ「西郷どん」のやうに駄作が多い
3.番組紹介が多い。昭和40年後半に番組紹介はCMだと云ふ批判が出ていた。あのときは番組一つを紹介したが、今は幾つも紹介し、堕落の度合いが進んだ。
今回、新たに「内容が低級」が加はった。きっかけは「NHKスペシャル ブッダ おおいなる旅路」と云ふ平成十年(1998)に出版された書籍だ。「1.輪廻する大地 仏教誕生」の第一章の冒頭に次の一文があった。
インドには独特の「匂い」がある。「臭い」と書いたほうがいいかもしれない。
例えば、中国にはニンニクの臭いがあり、モンゴルでは羊の臭いに苦しめられた。
この人は欧米に行って、何か臭ひに苦しめられるだらうか。西洋はよくてアジアの各国は臭いがあるとするその西洋かぶれをまづ批判しなくてはならない。こんな駄文を書く無神経さに、この本は読む価値がないことが判る。
八月二十六日(日)その二
読む価値のない本だから、批判すべきところも少ない。その少ない批判を紹介すると、まづ133ページにスリランカ人と思はれる比丘たちの写真が載り、解説はミャンマーの僧たちとある。或いはミャンマーの少数民族でスリランカ人と変はらない人たちが存在するのかも知れない。それなら何々族と明記すべきだ。
NHK関係者が勤務時間中だからと熱意のない態度で取材するからかういふことになる。人種で人を差別してはいけない。しかしアジア系とスリランカ人は外観が異なる。それなのにこんな間違ひをするとは驚く。
次に批判すべきは155ページの
インド各地には、ビハール州出身の出稼ぎ者が多くいるが、ほとんどが日本で3Kと呼ばれる厳しい職に就くしかない。
すべての職業には貴賤がない。それなのにこの執筆者は3Kと呼び差別する。3Kは差別用語だから放送禁止にして、新たに1Kと云ふ語を創るべきだ。NHK関係者のやうな賤しい職業の意味だ。
差別語と云へば、172ページなどに「小乗」の語が出て来る。この語は昭和二十五(1950)年に使用しないことになった。なぜ平成十年(1998)になってまだ使ふのか。
以上、批判すべき点を挙げた。これ以外は合格なのかと云へば、そもそもこの本はそれ以外の部分は読む価値がない。僅かの批判すべき点と、大部分の読む価値のない内容で構成される。
八月三十日(木)
「2.篤き信仰の風景 南伝仏教」は、本来であれば私の最も興味がある本だ。第一章は期待どほりの内容だった。ところが第二章以降は価値が半減する。その理由は、ここに書かれたことはミャンマーでも特異な現象なのか、それとも通常の現象なのか。それが判らない情報が半分ある。残りの半分は役に立つ。
せっかく半分褒めたのにもう批判せざるを得なくなった。第四章タイでの次の駄文である(125ページ)。
タイの上座部仏教は二二七の戒律を守ることを中心とする、いわば「形」の仏教である。(中略)托鉢はこうしろ、食事はいつまでにしろ、喋り方はこう、歩き方はこう、座り方はこう、と行為の「形」ばかりをたたき込まれる。(以下略)そのマニュアルに従うことによって自ずと精神的に浄められていく、高められていくと、人々は信じている。「形」を作れば実質は自然に宿るとでもいうのだろうか。
随分傲慢な云ひ方だ。二千五百年の歴史を持つ上座部仏教に対し、NHKの歴史なんか僅かだ。テレビの歴史でさへ僅かだ。この文章を書いた人間は引き続き
しかし私たちのプロデューサが指摘するように、「形」と実質は違うものである。「形」に必ず実質が宿るものならば、作法、マニュアルに熟達しさえすれば誰もが高い境地に至ることになるが、現実はさうでもない。
まづこの人間は、タイ、ミャンマー、カンボジア、ラオス、スリランカの大部分と、ベトナムとバングラディッシュの一部地方で信仰される伝統よりも、「私たちのプロデューサ」なる人間を尊重した。そもそもプロデューサなる人間は裏方に徹しなくてはいけないのに、内輪の話を表に出した。この非常識な感覚には驚く。
日本文化こそ形から入ることが多い。日本の仏教も同じで、どの宗派でも形から入る。曹洞宗の座禅は上座部仏教より形にうるさく、右足から僧堂に入る、座敷の扱ひはどうする、などが決められてゐる。
このプロデューサなる人間は、日本の曹洞宗のことを「形」と実質は違ふと批判するか。するはずがない。そんな放送を流したら曹洞宗宗務庁を始め、全国の寺院から抗議がNHKに寄せられるだらう。タイなら批判してよいとする、そのNHKの思ひあがった態度は、NHK解散に値する。
九月一日(土)
「3 救いの思想 大乗仏教」は一番先頭の「監修者のことば」に「小乗」の語が出て来る。これだけでこの本は失格だ。「2.篤き信仰の風景 南伝仏教」では南伝仏教を用ゐた。NHKも小乗の語が蔑称だと判ってゐる。判ってゐて使ふのは、知らずに使ふより100倍は悪質だ。
ウズベキスタン共和国にクシャーン族の故地がある(37ページ)。
「ウローク」と呼ぶ協議が始まった。(中略)通訳をしてくれたキムさんは韓国系の好青年だが(中略)思わず「いやあ、野蛮人だ」と声が出た。
母国語ではない人が「野蛮人」と云っても罪はない。日本人が「野蛮人」と云ったら重大な差別用語だ。また、とっさに出た言葉と熟慮して出た言葉は違う。更にまた、仏の顔も三度までのことわざもある。我々は普通の人間だから一度または二度が限度だが、一回くらいの差別用語は書かなければ済む。それなのにこの本は、このエピソードを書く。NHKで海外番組を作る人は西洋かぶれになりやすい。この本は典型的な西洋かぶれ、アジア蔑視だ。(終)
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