千百八十八 職場近隣の話題(1.大久保アジア街、2.高層ビル街から退勤)
平成三十戊戌
八月二十九日(水)
通勤定期券が西新宿から新宿までに短縮された。従来は地下鉄を使ふから西新宿までが認められた。しかし新宿と西新宿だけの定期券は認められないから、新宿駅から歩くことになった。
とは云へ、朝はあまり新宿では降りない。一つ手前の新大久保で降りて100円ローソンに寄る。新大久保は中国、韓国、タイなどアジアの食堂、食材店が集中する。アジア街を歩き100円ローソンに寄り、昼食を購入して会社に向かふ。

八月三十日(木)
夜は新宿から乗車するが、丸の内線新宿駅のつもりで歩いたら勝手が違ふ。私は今まで朝の出勤時に(1)丸の内線が新宿止まりだったとき、(2)丸の内線のダイヤが乱れたとき、(3)季候がよく気が向いたとき。以上のときは新宿から西新宿まで歩いた。夏を除いて月に3回くらいだらうか。
同じつもりで帰路を歩き丸の内線の改札手前を右折して100mくらい歩くとJRの改札がある。右折からここまでが混雑する。更に驚いたことにそこからが遠い。改札内の最北西から最南東の埼京線ホームまで混雑した倉庫敷地内みたいなところ(JR東日本の自称では通路およびアルプス広場)を10分ほど歩くと埼京線のホームにたどり着く。
会社のビルから新宿駅まで10分、新宿駅構内が10分。次の日から改善して、西新宿高層ビル街を抜けて、甲州街道に面した改札(1回目は行き過ぎて東南口、2回目は唯一の成功例で南口、3回目は横に行きすぎてバスタ新宿横の甲州街道改札)から入った。

九月一日(土)
会社で郵便物を取りに行くときに、徒歩で二十五階から二回降りることと一回登ることは私の恒例行事だ。しかし火曜はエレベータを使った。水曜は一回二十五階から一階まで降りたのと十四階から二十五階まで登るのに留めた。木、金は歩かなかった。
理由は月曜夜から火曜早朝に掛けて3回左足がつった。先週水曜は引っ越し、土曜、日曜は別件で忙しかった。しかも通勤時に自宅から駅、駅から会社を往復で6Km歩く。二十五階の昇り降りは再考の時がきた。

九月三日(月)
大久保周辺には100円ローソンが3つある。先週の金曜は2つ目に行ってみた。駅から一番遠いので大回りになる。
帰宅のときに小田急改札の先にJR入口があるのを発見した。次回はここも使ってみよう。この日はバスタ新宿横の甲州街道改札から入った。けがの功名で、ここから入ると埼京線に乗り易い。

九月六日(木)
私が西新宿の話題をときどき書くのは、通勤や昼休みの散歩(今は暑いため中断)で歩くから、心象を記録しただけだ。決して西新宿の高層ビル街を推奨する訳ではない。高層街は異常だ。首都圏以外の人が東京へ来ると、ここは日本かと驚くさうだ。その感性こそ正常である。
さて、新宿駅まで高層ビルを抜けるときに、地下道を歩くときは、今まで地下ロータリーに向かって左側を歩いた。昨日は試しに右側を歩いた。これはなかなか心地がよい。ロータリーの手前を斜めに甲州街道方面に行けるからだ。あと動く歩道が逆向きだから、これを使はないで済む。あっても使はなければよいのだが。
新宿始発を一本遅い電車にしたことも心地よい理由だ。歩くときにゆとりを持てる。ゆとりを持つと歩行が楽しくなる。私の通勤経路は、日々進化する。

九月九日(日)
先週は、三つ目の100円ローソンに2回行った。新大久保の駅から一番近い。駅を出たあと、大久保駅のガードで少し遠回りになる。
このことは20年以上前から知ってゐる。それは会社の旧本社は、新宿駅と大久保駅の中間にあった。本社で会議の後、横浜事業所に戻るときに、新宿のタイレストランで昼食を食べることがよくあった。或る時、ミャンマー(当時はビルマ)レストランを見つけて、そこで食べたこともあった。
今こそ大東亜共栄圏だ、と云ふ冗談は別にして、アジアは共通点が多い。もっと互いに学ぶべきだ。日本もアジア各国から学ぶことは多い。(終)

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