千百四十五 スマナサーラ長老の著書を読む(山折哲雄さんとの対談集)
平成三十戊戌
五月二十七日(日)はじめに
スマナサーラ長老と山折哲雄さんの対談集「迷いと確信」を読み、感想意見の相違などを記したい。私とスマナサーラ長老とは、99%は意見が一致すると思ふ。それにも関はらず1%を明らかにするのは、偏に仏教を始めキリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、儒教道教神道その他すべての伝統思想が、再び人類を正しい方向に導き、地球温暖化をはじめとする地球破壊を停止させるためである。
スマナサーラ長老はこの書籍の「はじめに」で
山折先生のおっしゃるとおり、偉大なる方々の人生は、皆、一生を旅に過ごしました。人類を導く偉大な方々は、住所不定だったのです。(中略)旅とは、とても不思議なものです。人格を完成させる魔力を持っている行為なのです。

まづ我々は住所不定ではないから、偉大なる方々には遥かに及ばない。しかし中略の後を読めば、旅は人格を完成させてくれる。実は、私も似たことを考へてきた。人格の完成とまでは行かないまでも、人格を高めることができる。しかし観光地巡りでは駄目だ。交通機関やホテルや食事に贅沢をしても駄目だ。だから私は自分の旅行方法を公開してきた(例へば昨年夏の恐山)。

五月二十九日(火)第一章「歩くことは学ぶこと」
第一章で山折さんは
「仏教を始めたブッダは歩くことから始めたのではないか」と思うようになったのです。

として、ブッダは二往復で2000キロ、イエスは片道で150キロと試算する。このあと四住期の話も興味深い、といふか我々も四住期を行ふべきだ。
スマナサーラ長老は
どこにも行かないで一ヵ所に止まっていたり(中略)すると、鬱になったり病気になったりして生きていられなくなってしまう。生きるということは(中略)転換して先へ先へ進むことなんです。そこでお釈迦様が推薦するのは、(中略)「進歩する方向に変わりなさい」ということ。

ここまで100%賛成だ。しかしスマナサーラ長老は続けて
ただぐるぐる回るのではなく、何か目的をもって--お釈迦様のおっしゃる目的とは解脱のことですが--、その目的に向かって(中略)歩みなさい、と。インド文化的に言えば歩くということはそういう哲学なんですね、

この部分は私と異なる。歩くことでたくさんの出会ひが生まれる。出会ひとは人だけではなく、景色や文化も含まれる。そのなかから有益なものに気付く。決してぐるぐる回ることにはならない。

六月二日(土)第二章「ガンディとブッダ--貪欲に立ち向かう」
山折さんが
私の考えでは、釈迦の原始(初期)仏教という原型があり、その伝統を正統に受け継いだのがテーラワーダ仏教。もう一つの流れが大乗仏教でする。三つぐらいのカテゴリーに分けるのがいいかなと思っています。(中略)お釈迦さんの仏教には、テーラワーダ仏教に発展していく芽と大乗仏教に発展していく芽と二つの可能性があったということができますね。

これは明らかに間違ってゐる。釈迦の仏教に二つの芽があるとすれば、初期仏教に留まる芽と部派仏教に発展する芽だ。しかし初期仏教に留まる芽は伸びなかった。部派仏教の理論過剰化或いは大信徒の出現による教団の堕落に対抗して大乗仏教が生まれたとも云へるし、世の中が修業する時代から拝む時代に変化したことへの対応が大乗仏教と云ふことができる。
以上が一週間くらい前までの私の意見だったが、天台宗は止観(瞑想)を残すことから、大乗仏教を拝む宗教と完全に決めつけることはできないことに気付いた。世の中が拝む時代に変化し、それが大乗仏教を生んだなんて、よい理論だと思ふのだが。一週間前までの主張で云へば、山折さんの
お釈迦さんがもしこの世に生き返ったら「大乗仏教はオレが説いたものではないよ」とおっしゃるかもしれない。

はあり得ず、「宗教は拝むと云ふ今の時代に合はせたものだから、オレが説いたものだ」と仰ると思ふ。それより大乗仏教が二千年続いたと云ふ歴史こそ、大乗仏教も正しいすべきだ。

六月二日(土)その二第三章「仏教カウンセリングの実線--妄想ループを断ち切れ」
スマナサーラ お釈迦様が悟った瞑想方法は、ヴィパサッナー瞑想といいます。ヴィパッサナーというのは観察(observation オブザベーション)です。
山折 観察が始まりですね
スマナサーラ 観察するだけ。それだけです。
山折 認識のレベルにいきませんか、観察した結果は。
スマナサーラ 観察の結果は、認識をつくりません。結果も妄想の一つです。
山折 観察も妄想とはいえませんか。
スマナサーラ 観察も、最初はそれも一つの思考ですが、どんどん進んでいくと「ただ見るのみ」になります。そこは人が成長しなくてはならないところです。
私は止観(瞑想)を心が落ち着く手段であるとともに智慧を磨く手段と考へる。一日中止観をする訳ではないから、止観以外の時間に気付きがあると思ふ。スマナサーラ長老と私の違ひは、スマナサーラ長老が近年盛んになった瞑想法を前面に出すのに対し、私は上座部仏教の伝統性に注目するためだ。

六月二日(土)その三第四章「価値へと至る放棄の道--ライフスタイルとしての仏教」
山折さんが、いじめの問題は比較せずにおれない人間の性(さが)が原因だとするのに対し、スマナサーラ長老は、とことん比較し中途半端にやるな、と主張する。中途半端が駄目だとするところはスマナサーラ長老に賛成しない訳ではないのだが、言葉遊びみたいなもので、私は山折さんに賛成だ。
この章で注目すべきは
山折 日本では(中略)戦前の価値観というものをその次の世代、子供たちの世代に伝えることに失敗したんです。(中略)アメリカ、ヨーロッパではこういう断絶は起きていないんですよ。(中略)同じ敗戦国のドイツもそうです。ゲルマンの文化というものはきちんと伝えられている。ところが日本の場合はそれが伝えられなかった。そこで、歴史や伝統に関する価値観に世代間の断絶ができてしまった。これをどうするかというのが、私たちにとっては大変な問題なんです。
ここで、明治の廃仏毀釈より戦後の変化のほうが大きかったのでは、と云ふ編集部からの質問に
山折 もう全然大きかったでしょう。(中略)民衆レベルではそれまで通り、神仏共存でやってきたわけです。だけど敗戦と同時に、それががらっと変わってしまった。
私は神仏分離の影響は大きかったと思ふ。民衆レベルですぐには現れない。しかし僧侶妻帯で子までは大丈夫だが、孫の僧侶になるとかなり不良品が混じる。神主は寺の支配を受けた時代はよかったが、これも三代目くらいになると富岡八幡宮のやうな事件が起きる。

六月二日(土)その四第五章『揺れ動く「日本の霊性(スピリチュアリティ」(以下略)」、第六章「ブッダの関係修復学(以下略)」
第五章は、WHOが健康の定義に「スピリチュアルな健康」を言ひ出した。ところが日本の医学会が使ひたがらない。そんな話に始まり
山折 ヨーロッパの社会では、人間というのはそもそも疑わしき存在である、という認識に基づいている。日本人というのはそうではないんですね。
それなのに欧米の真似をするからたいへんなことになる。第六章に入り
スマナサーラ スリランカはけっしてイギリス人に負けたわけじゃないんです。最後の王様はタミル人だったのですが、能力がなくて混乱状態で、国民も嫌になっていた。しかし自分では王に手を出せないから、なんとなくイギリス人に支配させるようにしたのです。しかしそれもきちんと契約を交わしたうえで支配権を渡したんです。
なるほどこれがスリランカの植民地による文化断絶を防ぐ方法だった。この本は十一年前に出版されたので、そのことが現在のタミル人のテロにつながったのかと云ふ質問に
スマナサーラ いえ、タミル人とは何も問題なかった。宗教が違うからお互いにからかったりはしますけど、我々もヒンドゥー寺院に行くし、タミルの人々も仏教のお寺に来るし、何の問題もなかったんです。
山折 (前略)いぎりすのインド支配でも、カースト制度は手つかずでした。それがかえってインドを今日の強国にする非常に大きな契機を成したと私は考えています。(中略)ところがそれと比較したくなるのは、アフリカの運命なんですね。(中略)やがて滅んでしまうだろうと思える。
結論として
山折 民族とか伝統を保持するうえで、宗教がいかに重要かということですね。
これは賛成だ。私が文化の一部に宗教があると主張する理由もここにある。(完)

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