千百三十七 6.ラオフェス
平成三十戊戌
五月二十七日(日)
本日は午前中用事があり、その足でラオフェスに行った。私は昼間にアルコール類を飲むことは原則としてしない。ところがカンボジア、タイ、ベトナムのフェスティバルでビールを飲んだため、今回はさすがに飲まなかった。丁度お昼時で列ができたのと、暑いのでビールを飲まないと空腹を感じない。
結局は、上座部仏教ブースで小銭を入れて帰らうとしたら、手に糸のお守りを付けてくださった。二十三年前に上座部仏教と関はるやうになってから、これで四回目だ。一回目はスリランカで白い糸、二回目は八王子のスリランカ寺院で同じく白い糸、三回目はタイのバンコクで橙色で僧侶の衣と同じ色の糸。今回は橙色と白の糸を5本くらいづつ組み合はせたものと、ピンク色と白を同じく組み合はせたもので、端意外は折ってある。作るのに手が掛かる。しまった、もっと寄進すれば良かったと、あとになって気が付いた。
よいこともした。上座部仏教ブースから退出しようとすると、三歳くらいの女の子を連れた若いお母さんから、私もやってよいのですかと訊かれたので三拝の方法を説明した。寄進の器には1000円札がたくさん入ってゐるが100円でよいですよと言ったが(折ってあることにまだ気付かなかったので)お母さんは500円を女の子に渡した。女の子は持ったままなので「僧侶はお金を受け取れない」と説明し、僧侶も気を利かせて器を移動してくれたので、女の子が中に500円を入れた。
僧侶が糸を女の子の腕に付けようとするが女の子が手を伸ばさない。お母さんにつけたあと、女の子用に一つ渡して礼拝は無事完了した。

五月二十七日(日)その二
会場を見渡すと、手に糸を付けた人にまったく出会はなかった。日本人学生の運営するブースで雑談の成り行きで手の糸を見せ、日本人でこれを付けてゐる人はほとんどゐない、とブースで糸を付けてもらふ方法の説明をした。
12時半からの「ラオス民族舞踊団・歌唱・ケーン演奏」を観た。途中から舞台前方に観客が集まりいっしょに踊り始めた。舞台上の出演者の半分と、舞台下で踊る観客のほとんどが、手の糸を付けてゐた。
一曲終ったあと、観客が舞台上の出演者に1000円札(だと思ふ。或いはラオスの紙幣か)を手渡す人が何人もゐた。ラオスの習慣なのだらう。

五月三十日(水)
インターネットで調べると、閉会のとき「幸せを願う祈祷」があり僧侶が舞台に上がった。最後までゐればよかった。前日にケネス田中さんの懇親会があり、そこで2000円を払ったので昼食は会場を出たあと渋谷の100円ローソンで済ませた。来年は会場で食べて、舞台も観たい。
本日、手の糸を外した。この糸は本当は外してはいけない。自然に切れるまで待って、切れた後はゴミといっしょに出すことはせず、土に埋めたり神社の古いお札入れに納める。しかし切れるまで待つと汚い色になる。まだ白い糸が真っ白な状態で外して保管したい。そのため丁寧に外した。(完)

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