千三十七(その一) 1.一日に100階上がってみた、2.ビル内探索
平成二十九丁酉年
十月二十一日(土)
最近雨の日が多い。昼休みに傘を差して散歩をすることもあったが、新たな試みとしてビル内散策を始めた。最初の日は昼休みに、十四階から二十階まで非常階段を上がったあと二十四階まで各階を見て廻った。その次の日は二十階から十四階までを見た。その次の日は晴なので外に出た。

十月二十一日(土)その二
その次の日は階段で100階を上がってみた。これまでの最高は三十七階半で半端だ。これを五十階または百階にしようとまづ考へた。この日は気温が低いので、(1)昼休みに二十五階まで上がってみた。全然暑くならなかった。
(2)会社宛の郵便物を取りに一時過ぎに一階に行く。その帰りに二十五階まで歩いた。(3)二時過ぎにリフレッシュのため一階から二十五階まで歩いた。(3)午後四時過ぎに会社宛の郵便物を取りに一階に行くので帰りに歩いた。合計100階になった。
四回目のときに、一階から二十五階まで時間を計ると6分だった。一回目は昼休みだから0分。郵便物の帰りはエレベータで戻ると待ち時間を含めて3分、歩くと6分。二回の差分の合計は6分。午後二時は降りる時がエレベータで3分、帰りが6分で合計9分。つまり勤務時間内に15分費やした。
一方で私は事務所内でも歩くのが早いから端から端まで普通の人が2分掛かるところ1分で済む。端まで歩いたり給湯室に行ったりするのに普通の人と比べて5分は節約してきた。つまり今回の試みで使った時間は10分。喫煙者が一階に降りて戻ってくると10分掛かるし、一日に三回は行くはずだ。私のリフレッシュ法は実に生産性が高い。経済産業省と日本生産性本部から表彰されてもよいくらいだ。

十月二十一日(土)その三
その次の日は階段を歩かない予定だったのに、たまたま昼休みに14階から25階まで歩くはめになった。この日は雨だったので14階から3階まで見て廻った。そのあと2階の料理店を廊下から眺めたあと25階に戻らうとして、間違へて低層階行きのエレベータに乗った。14階で乗り換へる方法がある。しかしこれはリスクを伴ふ。
その数日前の朝、出勤の時に新宿国際ビル地下のヒルトピア商店街を経由した。そのためビルの裏側から入った。8時半を過ぎたため、高層階のエレベータは正面からしか乗れない。回り込むのは面倒なので低層階のエレベータに乗った。14階で高層階用に乗り換へたところ、運悪く会社の同僚がゐた。「14階まで歩いたのですか」と訊かれたので裏側から入った事情を説明した。
今回もし誰かと会ったら、14階まで歩いたのかと痛くもない腹を探られることになる、と云ふほど大げさなものではないが。そこで25階まで歩くことにした。

十月二十一日(土)その四
100階歩いた翌日にまた上がったのは有益だった。足の具合を調べることができた。25階上がったり12階半駆け上がった翌日は、アキレス腱が少し張る。今回もそれは同じだが、あと前側の膝の上の筋肉が、階段を上がるとかすかに痛かった。普通に歩く分には気付かないから、単に筋肉を使ったと云ふだけの現象だ。あとはどこも通常と変はりなかった。
これなら毎日実行できる。4日で富士山の五合目バス停から頂上まで登ったのと同じ高さになる。とは云へ、今回は三十七階半が半端なので記録を100階にしただけなので、これで一旦終了としたい。
私が事務所内を高速で歩くのは意味がある。私のやうに定年再雇用でさへこれだけ元気に歩けるのだから、若い人たちはもっと高速で歩かう。ソフトウェア業界はうつ病が多いので、高速で歩いて心身ともに元気を保たう。

今回、同時進行だったビル内探索で発見が幾つもあった。一つはパソコンがまだマイコンと呼ばれた初期のころに或る有名なベンチャー企業があった。その会社の子会社だったところが幾度の変遷を経て、今では或る企業の関係会社として存続してゐた。世界的に有名な外資系半導体メーカーの日本法人もあった。入り口の組織名がSales、HR(ヒューマンリソース、日本で云ふ人事部)など英語で書いてあるのでアメリカ長期出張のときを思ひだしながら懐かしく見て廻った。私の西新宿地区の昼休み探索はこれからも続く。(完)

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