107、日本国体学会

平成ニ十一年
八月十三日(木)「日本国体学会の講演会」
日本国体学会の講演会に出席した。日本国体学会は里見日本文化学研究所と密接な関係にあり、どちらも國柱會から分裂した団体である。
この講演会を知ったのはまったくの偶然であった。数年前に武州多摩郡大和町(東京都中野区)の蓮華寺という北山本門寺の末寺を見つけた。墓地の塔婆がすべて「南無妙法蓮華経 日蓮在御判」と書かれていた。この書き方は日郷門流独特のものである。なぜ北山の末寺にこの書き方があるのだろうか。
房州平郡(千葉県鋸南町)の妙本寺は日郷門流で十数年ほど前までは日蓮正宗に属していた。「妙法蓮華経」という大石寺式の塔婆と「南無妙法蓮華経 日蓮在御判」という伝統の書き方が混在しているので住職に聞いたところ、創価学会員には大石寺式、昔からの檀家には妙本寺式と分けているそうであった。

気にはなっていたが、わざわざ大和町まで行くのは面倒なので放置していた。職場の近くに北山本門寺系の僧侶を見つけ、この僧侶に質問するという安直な方法を採った。次に会ったときにこの僧侶に聞くと、蓮華寺に行ったがそのような塔婆はなかったという。そのとき或る信者から中野サンプラザで講演会があると言われ、出席したところ偶然にも二ヶ月前に特集を組んだ宮沢賢治の國柱會系だったという次第である。
結局は先週の土曜に大和町まで行ってきた。安直な方法で済まそうとして炎天下を歩くことになった。確かに妙本寺式の塔婆は一本もなかった。住職は北山に行っていて留守だった。暑いので帰りは中野までバスに乗った。中野駅前に麻生太郎が来るという。今なら宣伝カーから15mの至近距離で本物を見られる。しかし三十分あるのでそのまま帰った。それにしても三十分前から立っている五十人ほどの人たちはご苦労なことである。日章旗を持っている人までいる。よほど暇なのかそれとも動員されたのか。

八月十四日(金)「講演の内容」
講師は里見日本文化学研究所の主任研究員、姫路獨協大学講師の金子宗徳氏であった。参加者は約五十名。ほとんどが六十代であった。意見の異なる部分もあるが、まずは紹介し、次に問題点を示したい。
八月十五日(土)「国の名前」
金子氏は能が趣味だそうで、その声量はすごい。司会者がマイクを使ったのに金子氏はマイクなしで部屋中が響いた。金子氏の将来に期待して助言するのだが、重要なところは大きな声で、それ以外は抑えたほうがいい。あるいは間をおいて話すといい。話に緩急をつけるといい。ずっと同じ音量だと聞く側の耳が慣れてしまう。最後のほうは耳がガンガン響いていた。

国の名称は一にはその国自身の呼び方、二には伝統に従うのがよい。一番悪いのは欧米の真似をすることである。タイ(泰)はかつてシャム(暹羅、しゃむろ)と呼ばれていたが、今ではタイと呼ぶ。タイから贈られた釈尊の遺骨を安置する名古屋の日暹寺も日泰寺と改称した。タイ人から聞いたのだが、シャムという言い方には蔑視が含まれ、サイアムという言い方なら問題がないそうである。日本で暹羅の読み方がしゃむろからシャムに変わったのは明治になってからだ。明治以降の日本は欧米の猿真似でどうもよくない。
今でもよくないのがイギリスである。ビルマは今ではミャンマーと呼ぶ。アメリカ人でさえそう呼ぶのにイギリスだけは今でもバーマ(Burma)と呼ぶ。根底にかつての宗主国だというアジア蔑視があるのであろう。
しかし今回のアウンサンスーチーへのミャンマー政府の対応はよくない。アメリカ人が勝手に泳いで来た、というのに懲役三年は重い。しかし裁判所がそのような判決を出したのなら、父親がミャンマー独立の英雄だからと刑を中途半端に軽減せずに執行したらいいではないか。あるいはミャンマー政府の寛大なところを示して免訴にすればいい。やはり政治は民間人に任せたほうがいい。軍政というのは最悪の官僚政治である。長く続けてはいけない。

中国のことを日本では古来、唐、漢、もろこしと呼んでいた。そのように呼ぶのが伝統だし、今では中国と自称しているのだから、中国がいいのではないか。
ちなみに日本を外国にジャパンと呼ばせるべきではない。日本語ではジャで始まる単語は語感がよくない。中国と共闘して中国(Zhongguo)、日本(Nippon)と世界に呼ばせる運動を始めたらどうか。

八月十六日(日)「世界で孤立しないためには」
明治の薩長政府は脱亜入欧を目指し先の戦争で滅んだ。戦後のマッカーサー政府は脱日入米を目指し国民精神は不安定となった。日本は文化的に独立する必要がある。しかし単独で行ってはならない。それでは世界で孤立した満州事変の二の舞になってしまう。文化的独立はアジア各国と連携し共に欧米文化から独立すべきだ。
金子氏の講演で気になるのは、アジア各国の軽視である。シナ系カナダ人に乗っ取られるというが、イギリス系カナダ人やフランス系カナダ人ならよいのか。韓国資本に買い占められるというが、アメリカ資本ならよいのか。アメリカやイギリスには媚びるのに他のアジア各国には尊大になるという明治維新以降の日本人の悪い習慣が金子氏にも見られる。

八月十七日(月)「人数を増やすには」
講演会を毎月開催している日本国体学会に心から敬意を表するものである。入口では「国体文化」という月刊誌を配布していた。表紙には明治天皇御製の短歌、下のほうに「皇紀2669年 平成21年」「日本国体学会機関紙/里見日本文化学研究所発表機関/立正教団発表機関」と書かれている。
毎月熱心に活動する団体なのに、なぜ人数が少なく世間ではまったく知られていないのだろうか。講演会の出席者は年配の人たちがほとんどで、私は講師の金子氏(三十四歳)に次いで二番目または三番目くらいに若かった。
一つ目には伝統社会こそ弱者が生きていける社会だということを前面に出す必要がある。そして弱者を次々と支持者にすべきである。二つ目には今の世の中は永続不可能である。欧米文明は化石燃料の消費の上で成り立っている。化石燃料の消費を止めればすべての人は伝統社会に回帰する。伝統勢力こそ地球温暖化阻止の先頭に立つべきだ。

八月十八日(火)「戦前ハイブリッド時代からの脱却を」
雑誌の「皇紀2669年」が示すように、日本国体学会は戦前を懐かしんでいる風が見られる。しかし戦前とは日本史上二番目に悪い時代であった。直接税を一定額以上納める者のみに選挙権を与えたため、資産家や地主の政府になってしまった。後に普通選挙を実施したがもはや貧富の格差は改まらなかった。欧米から徴兵制や将校下士官兵制度を取り入れたため、兵の待遇は悪かった。兵の権利を侵害すれば強い軍隊は作れる。しかし日本の文化土壌に欧米制度を混ぜたハイブリッドは長続きしない。
日本国体学会は、戦前を懐かしむのは趣味だと割り切り、皇紀2669年の横に「田中智学先生当時の形式を守っています」と注意書きを入れればよい。あるいは明治同好会を作り、戦前を懐かしむ人は任意に入ってもらう方法もある。もしかすると立正教団が一般向け、里見日本文化学研究所は理論機関、日本国体学会は同好会なのかも知れない。だとすれば先見の明がある。北原白秋や宮沢賢治が國柱會を訪れた時代はこのような様子だったのだろう、と楽しい一時を過ごすことが出来た。

八月十九日(水)「日本史上最悪時代からも脱却を」
日本史上で一番悪い時代はいつだろうか。それは驚く勿れ今である。外国軍隊は国内に駐留し、偏向新聞が国民をアメリカかぶれに洗脳し、大量の二酸化炭素放出は地球を滅亡させようとしている。これ以上に悪い時代はない。もちろん南北朝や戦国時代など戦の続く時代はあった。しかし地球まで滅亡させようとはしていない。
伝統勢力、宗教勢力に期待する理由もここにある。

八月二十日(木)「国体とは」
国体とは国民の文化である。韓国には韓国の、中国には中国の、欧州には欧州の文化がある。欧州でも国が違えば国体は異なる。ドイツには綺麗な都市と農村がある。ブンゼンやベートーベンやマルクスの墓があり歴史を感じさせる。田中智学の三男、里見岸雄氏はこのような綺麗な都市に留学したのであろう。隣国のオランダに入ると都市が薄汚くなる。ゴミがやたらと落ちている。オランダ語はドイツ語の低地方言だが国体が異なればこれだけ違う。
日本の国体を天皇に限定する考えが明治以降現れた。天皇さえいればいいというので、文化を軽視した戦後の醜い日本が現れた。国体を護るには国民の不断の努力が必要である。

八月二十一日(金)「チャンネル桜」
講演会終了後、エレベーターの前でチャンネル桜というケーブルテレビ局がチラシを配布していた。元空幕長の田母神氏の番組を放送するのであろう。田母神氏の写真が大きく載っていた。懸賞論文に応募したら退職を強要され断ったら定年退職というのは奇妙な扱いである。以前、労働省(当時)の役人がIT業界系の書籍に、偽装請負をうまくやる方法を書いていた。同じく別の役人が就業規則の作り方の本で、解雇理由の最後にその他前各号と同じ程度の理由があるとき、という一文を入れておけと悪知恵を書いていた。こういう連中が退職を強要されたという話は聞いたことがない。
先の戦争は中国への侵略とアジアを植民地支配する欧米との戦いという二面を持っていた。リベラルと称する人たちは後者を忘れてアメリカかぶれに陥り、保守と称する人たちは前者を忘れて中国の悪口に終始する。そして平成の世となってからはどちらも拝米に陥っている。
昭和天皇は侵略したアジア各国に対しては済まなかったという気持ちが強く現れていたが、欧米に対してはアジアにいた欧米軍と対戦しただけだと毅然とした態度を取られていたと読んだことがある。これが正解であろう。

八月二十二日(土)「里見岸雄氏の国体」
里見岸雄氏の著書「天皇及三笠宮問題」に、国体の分類が載っていた。国体という語は時代と共に変遷している。二十日に、国体とは国の文化であると述べたが、里見氏の分類では奈良朝の用法なのだろう。里見氏は本文には書いておられ図には入れていないが、戦後を追加してみた。
古来の用法奈良朝国のありさま、国の情勢、国の地形
平安朝国の本質、本体、原理(仏教の体大思想)
徳川時代国家の大体、本質、原理(儒教及神道学的)
法学の用法明治以降主権の所在によつて分けた国家の体様(君主国体、民主国体等)
新聞の用法戦後国民体育大会


八月二十三日(日)「北山本門寺の布教所」
今回の講演会参加は、北山本門寺系布教所の御講に参詣したことがきっかけだった。住職は「本化妙宗連盟」の購読会員でもあり、御講の 参加者は二名だったがもう一人の信者が今回の日本国体学会に属していた。それぞれ「妙宗」「国体文化」という雑誌を発行している。図らずもニ団体の活動を垣間見ることができた。
御講にはもう一名参加予定者がいたが来れなかった。この信者はうつ病で僧侶になりたいとも言っているそうだ。この布教所は墓檀家のある寺院と比べれば極めて小規模ではあるが立派である。うつ病だとかそういう人を相手にしてこそ宗教である。

八月二十四日(月)「左右という基準の廃棄を」
かつては米ソの超大国が世界で睨み合っていた。日本の国内も米ソどちらを支持するかで左右に別れていた。ソ連と東欧が崩壊した今、左右という分け方は適切ではない。
衆議院選挙が始まった。日本国体学会は単独では候補を立てる力はないし、維新政党新風も立候補しなかった。日本国体学会のすべきは、うつ病や失業者など弱者を次々と会員にすると同時に、まずは自民党および民主党内の主張の近い議員との連携から始めるべきであろう。自民党だけに偏ると米ソ対立時の呪縛から抜け出すことはできない。

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