77、木曽旅行記

平成十九年
九月二十ニ日(土)(正調木曽節)
今年の夏は木曽を旅行し中津川に一泊した。中津川に3900円のビジネスホテルを見つけたからである。値段から言えば宿屋、旅籠、木賃宿・・・。そんなに悪くはなく好い部屋であった。木曽といえば7年前に君が世を木曽節で歌えという変なホームページを見たことがある、と他人を装ってみてもリンクを辿れば私のページであることはすぐに判ってしまう。

さて木曽節は一小節目の歌詞が四小節目に現れ、一小節から九小節までのメロディを繰り返したのちに十九小節目に入る。つまり君が代木曽節は次のように歌うのが一番よい。最後の二小説は、苔のむ(10小節目)、すまで(11小節目)と歌うことが鍵である。

君がナアナカノリサン
君が代はナンヂャラホイ
千代に八千代にヨイヨイヨイ
さざれナアナカノリサン
さざれ石のナンヂャラホイ
巌となりてヨイヨイヨイ
苔のむすまで


九月二十三日(日)(中津川宿)
翌朝中津川の宿を散歩した。昔の雰囲気が残るお勧めの街である。時間があったので落合宿のほうに2km程歩くと中山道が国道バイパスを潜るところで市役所が作ったと思われる変な説明版があった。中山道の宿場が順番に書かれていて北から本山までは信濃、贄川から馬籠までは木曽、落合から南は美濃である。木曽全体を信濃から独立させたのは山口村の中津川市合併が絡んでいる。
せっかく中津川はいい街だと思ったのに、この説明板で帳消しになってしまった。

九月二十四日(月)(展望台)
バスで馬籠宿へ行った。歩いて妻籠方面に向かうと展望台に出る。中津川市と合併した記念に作られたらしい。石碑や木製の説明版があった。木曽は元は美濃の国だった、という説明と島崎藤村の「あの山の向うが中津川だよ 美濃は好い国だね」という抜き出した文章が書かれていた。
昔の国境と今の県境が異なっているところは全国にたくさんある。例えば東京と神奈川の都県境は昔の相模と武蔵の国境より大きく北に寄っている。だから山口村が岐阜県に移っても何ら問題はない。

九月二十五日(火)(信濃出身の藤村)
「夜明け前」を読むと信濃という言葉がたくさんでてくる。美濃と信濃の国境という言葉も何回も出てくる。藤村自身は信濃人として、そして木曽路の入口を国境と意識して執筆を行った。
木曽が古くは美濃の国であったという主張はよくない。今回の合併とは何の関係もない。大昔に信濃に移り平家物語では信濃の木曽義仲という言い方をしている。藤村自身も美濃という意識はまったく持っていなかった。
大昔の話を持ち出す悪い例を日本は60年前に体験したではないか。明治維新で大昔の神仏分離、天皇親政を実行し、更に欧米の猿真似で植民地獲得を加えたため、本家植民地主義の欧米に敗れた。「夜明け前」には明治維新前後の悲劇が書かれている。それだけではない。島崎藤村自身が明治維新と欧米猿真似に振り回された一生であった。

九月二十七日(木)(明治時代も夜明け前だった)
藤村の父にとり明治維新後の攘夷は不十分なものだった。神社の神官になるがまもなく退職。明治天皇直訴事件を起こし罰金刑で済んだが周囲から狂人扱いされ後に本当に狂死する。
藤村はキリスト教の洗礼を受けのちに棄教する。キリスト教の道徳が有効となるには日本人のほとんどがキリスト教徒となりその後数世代を経て社会が安定期に入るのを待たなければならない。しかしそれは不可能である。藤村がその後数々の問題を起こすのは藤村の父親同様に明治維新後の混乱が原因であろう。
「夜明け前」を執筆したのは明治維新から61年が経つ。その間に本人は棄教と退職、就職と退職の繰り返し、日本にいられずフランスに出国などがあった。「夜明け前」とは明治維新前後を含む明治時代のことではないのか。

九月二十八日(金)(木曽の名所)
妻籠と奈良井の宿は古い宿場町がそのまま残っている。妻籠は重要伝統的建造物群保存地区として全国の他の6箇所とともに最初に指定された。多くの観光客で賑わっていた。一方の奈良井は静かで地元向けの商店も古い家屋で現存している。すべての家屋に表札の他に屋号が付いている。同じ苗字の家が多いので今でも屋号で呼び、屋号があっても商売をしていない家もあり、こういうところは勤めに出ているそうである。
妻籠と奈良井はぜひ訪問し両者の違いも味わってほしい。一方で心配な出来事もある。名鉄がおんたけ交通の経営から撤退。全株式を地元の自治体連合に無償譲渡した。今は自治体の補助金で何とか運営している。一方で馬籠からは中津川まで濃飛バスがきちんと運行されている。馬籠が中津川に入りたがるのも無理はない。木曽といえば林業である。長野県歌「信濃の国」にも
木曽の谷には真木茂り
諏訪の湖(うみ)には魚多し
民のかせぎも豊かにて
五穀の実らぬ里やある
とある。地域振興の敵は円高であり、為替レートは農林水産を基準に決まるよう経済学者は考えてもらいたい。欧米の学説の物真似では存在価値がない。海外の論文を日本語に訳せば済む。

九月ニ十九日(土)(地域繁栄のために)
一方で地方への補助金や公共事業はよくない。地方は決して貧乏ではない。ある農村では、高校を卒業するとみんな車を買うからバスに乗らなくなってしまうと言っていた。地方は仕事さえあれば豊かである。農村は失業率で見て対策が必要である。

地方が豊かではないように思ってしまう一番の原因はマスコミにある。テレビや全国紙は実質は独占禁止法に違反している。マスコミは高給取りの目線で記事を書く。もっと自分たちの給料を上げたくて儲かっている企業の話題で煽る。政治家は悪く書かれると困るからマスコミに強く出られない。 戦後の独占企業分割に倣いマスコミを地域に分割すれば、地方は繁栄する。テレビ放送はインターネット経由にして多数を競争させる方法もある。


メニューへ戻る 前へ 次へ