9、家畜の国



作成日 平成12年10月5日


土曜の昼すぎに東京渋谷のハチ公前を歩いていたら、制服を着た女子高生2名に若い男2名が近づき「やあ、お昼をいっしょに食べにいこうよ」と話しかけ、一瞬の間を置いて「ね、いいだろう。君たち、どこの学校?」と、連れて行ってしまった。 渋谷近辺の高校の先生は、ニヤけた助平男が出没するので、気を付けるよう生徒たちに注意したほうがよい。 このような連中を見ていると、日本は家畜の国になってしまったのか、と情けなくなる。 忠犬ハチ公もさぞ驚いていることだろう。


1 家畜の国
人間の欲求には、本能的なものと、高度なものがある。 家畜は本能的な欲求だけである。 戦後55年で日本は家畜の国になってしまった。 先程の渋谷の話だけではない。 最近は、家畜にはできない他人への思いやりにも、欠ける人が多い。 歩道を歩いていると、すぐ脇を高速で自転車が走る。 昔は速度を落としたものである。 満員電車でカバンを背負った者やカシャカシャと音が漏れるヘッドホン。 人間と家畜に差がなくなってしまい、なぜ殺人がいけないかということまで議論しなくてはならなくなった。


2 伝統文化軽視は戦争への道
伝統文化を重視すると戦前の軍国主義になるのではないか、と危惧する人もいよう。 しかし実際は逆である。
ドイツには戦前までは独自のドイツ文字があり、筆記体は複子音(chやckなど)をつなげて書けるため発音に忠実だったそうである。 この伝統文化を廃止したのはヒトラーである。 ヒトラーにとり1番の関心事は政権の維持、2番は戦争の遂行であり、効率のためにはドイツ文化などはどうでもよかったのである。
日本も実情は同じである。 戦前は列強に追いつけと戦争を行い、戦後は欧米に追いつけと経済競争を行った。 その間に、おびただしい伝統文化が失われた。


3 三方一両得の計
戦争で死にたいという人は一人もいない。 だれもが平和主義者である。 それでも憲法を改正しようという主張が出てくるのは、独立国とは言えない日本の現状に憤慨してのことであろう。 まずアメリカ文化からの独立から始めたらどうだろうか。 独立というのは穏健な言い方であり、強く言えば排斥である。 これにより改憲を主張する人たちも納得し、平和憲法は守られ、日米安保条約も維持できる。 保守的な人も、社会民主党も、アメリカ政府までが喜ぶ。 三方一両得の計である。

4 新・三方一両得の計
35年間日本の植民地だった韓国は、独立後に日本文化を厳しく制限し、やっと独自文化の回復を果たした。 戦後55年間、実質アメリカの植民地だった日本は、並大抵のことでは独立はできない。 髪を金髪に染め異常に底が高い靴をはく若者を見るたびに、もはや手遅れだ、とつくづく思う。 みっともないから、歩くときに危ないからという点が問題なのではない。 金髪で背をかさ上げして、うわべだけ白人の真似をする、その精神構造が問題なのである。 世界でも最悪の白人崇拝主義、人種差別主義であるが、若者を非難することはできない。 白人が登場する広告の氾濫や属国状態を放置してきた大人の責任である。
残った最後の手段は、憲法を改正することかも知れない。 その後には「国防軍があるのになぜアメリカに思いやり予算を払うのか」という議論が待っている。 それでいて文化を回復できるとは限らない。三方一両損であり、これが現実の道である。
しかし思慮を巡らせれば新たな展望が開けてくる。 アメリカ駐留軍がなくなればアメリカ崇拝の傾向も下火になろう。 社民党にも政権獲得の機会が巡ってこよう。 日米も大人同士の関係になり長期的には日米のためになろう。 新・三方一両得の計である。

5 家畜の国から神々の国へ
家畜の国より、神の国もしくは神々の国が良いというのは、万人の思いである。 「神の国もしくは」の7文字は国内のキリスト教徒やイスラム教徒に配慮した表現である。 神聖な目的には少数派への配慮が必要である。 配慮と言えば国旗問題での日教組への処分は寛大にし、日教組が率先して児童たちに国旗の大切さを教えるよう導けないものだろうか。 教員たちも国旗や国歌がない国が世界にあるのか地理の教科書で調べてほしい。
ここで「神々の国」では大袈裟すぎるので「人間の国」で良いという向きもあろう。 しかし戦後55年の害毒は大きい。 最初から「人間の国」だと、家畜と人間の中間で終わってしまうだろう。 それに日本列島に住むのは人間だけではない。 野生動物や山川草木が忘れられてしまう。

6 保守と革新
自民党の過ちは、経済一辺倒で来たことである。 父親が家庭を顧みない日本、カネだけがすべての日本を作ってしまった。 自民党は、体質は保守でも思想は非保守の勢力を抱えている。 拝金主義といっても良いし、自己の議席のことしか頭にない勢力といってもよい。 それが日本の危機を招いた。
社民党について言えば、同党に投票する人たちは失業者など社会的弱者であり、日本を家畜の国にしようと思って投票する人はいない。 社民党も憲法よりは弱者の救済に力を入れてほしい。 憲法で譲歩するかわりに日米安保条約を破棄させるという方法もある。 「がんこに福祉、元気に独立」が社民党には似合う。
共産党とは宗教観など根本の思想が異なる。 しかし20年程前に愛国心や道徳の重要性を主張したことがあったし、冷戦下でソ連、中国、北朝鮮を非難してきた。 なかなか見どころがある。 議席が4分の1を越えるようだと心配になるが、それ以下では人畜無害である。 富士山と共産党は似ている。 遠くから見ると魅力的である。 近くで見ても魅力的になってほしい、国民のために。
自由党は、体質は新しく思想は保守で、期待が持てる。 内部分裂をなくし大きくなれるかにかかっている。
保守も革新も、家畜の国から脱皮が求められている。

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