57、中嶋嶺雄氏は中教審には不適格である

平成十八年

三月ニ十九日
中嶋嶺雄氏はこれまでかなり偏った政治発言を繰り返して来た。このような男を中教審に加えておく事は適切ではない。その中嶋氏が主査を務める中教審の一部会が小学校の英語を決めた。

三月三十一日
中嶋氏の根本思想は反中である。反中には共産党を嫌う人と中国そのものを嫌う人がいる。中嶋氏は典型的な後者である。中国を専門とする中嶋氏がなぜこのような矛盾した態度を取るのだろうか。そこには拝米という二文字が浮かんでくる。
国益を叫ぶ人が実は単なる拝米だったという光景をよく見かける。それとまったく同じである。ここでニつについて考察してみよう。

四月一日
6年ほど前にアメリカのミネソタ州に行った。たまたま州政府関係者からミネソタ州立大学秋田校を閉鎖することに決まったという話を聞いた。学生が集まらず採算が取れないのであろう。その後秋田県がこれを引き継いで国際教養大学を設立した。学長は中嶋氏である。

国際、国際、英語、英語とわめくと何か時代の先端を行っているような気分になる。しかし世界で活躍するということは自分の得意分野で活躍することである。イチローがいい例である。アメリカで活躍するある日本人選手にアメリカ人記者が、なぜあなたは長く住んでいるのに英語が下手なんですか、と質問したという話を聞いた。失礼な話である。そういうあなたはなぜ日本語を話せないのですか、と聞き返すべきである。

英語英語と騒ぐ人にまともな人間はいない。そんな三流四流人間を育成するために貴重な県税を費やすべきではない。ミネソタ州政府を見習い撤退が重要である。それでは経済が低迷し自殺率が日本で最も高い秋田県はどのようにすべきだろうか。

四月ニ日
寒ければ羽織るし暑ければ脱ぐ。平衡感覚が重要である。経済においてもずっと保護されて来た為に官僚化した分野は市場主義にすべきだし、競争が激しく生活ができない分野は保護すべきである。貿易も同じである。外貨が不足していれば輸出を促進すべきだし外貨が多くなれば輸出を抑制すべきである。
ところが日本は明治維新後に平衡能力を失ってしまった。戦後は特に輸出と人口流動を市場に任せてきた。その結果、農村は疲弊した。まずは輸出税を設けて輸出を規制することと米の消費を増やすなど農村対策を立てる。ばらまき行政に代わる農村が永続できる政策を取るよう政府に働きかける事を秋田県は先頭に立って行うべきなのである。

四月八日
中嶋氏はその共著「アジアに未来はあるのか」で、ハンチントンの『文明の衝突』は日本では批判が多いが中嶋氏はかなり共感すると述べている。特に「中華世界とイスラム世界が今後、連動したら、世界の大問題だと指摘しているのです」「日本は欧米先進国の一員なのです」とその偏った世界観を余すところなく吐露している。
外来植物が繁殖し日本古来の植物には絶滅寸前となったものがある。同じように欧米文化が世界を席巻しその他の地域の文化は絶滅寸前となっている。通常の感覚であれば欧米文化の浸透を食い止め各地の先祖伝来の文化を守ろうとするものである。ところが中嶋氏は、中華世界とイスラム世界が連動したら大変だとアメリカが心配するような事を心配し、日本は欧米先進国の一員だと暴論を吐いているのである。
中華思想とイスラム思想が世界に異常繁殖しているというのであれば、中嶋氏の主張はもっともである。事実は逆である。キリスト教崩れの欧米式唯物論、地球を破滅させる欧米式資源浪費主義が世界に異常繁殖しているのである。
中嶋氏が英語、英語と騒ぐのは外国語教育が目的ではない。日本をより一層、欧米の一員とするために英語を用いて洗脳しようというのである。

四月十日
日本が先進国の一員だというのはかまわない。しかし欧米先進国の一員だというのは暴論である。欧米かぶれは日本を亡国に導く。明治維新後に日本がなぜ有色人種で唯一列強の一員になったのか。終戦後に日本がなぜ有色人種で唯一先進国の一員になったのか。そこには日なたの部分と日陰の部分がある。
日本は経済の豊かさに関わらず自殺率が高い。そして出生率が低い。日本は古来、神儒仏を学ぶ事により社会を保ってきた。英語や西洋の学問を学ぶ前に神儒仏を学ぶべきである。学んだ上でキリスト教を信仰したい人や西洋の学問、言語を学びたい人が出るのはよいことである。

四月十五日
中嶋氏の著書を一通り調べた。内容が乏しいことに愕然とした。最近の著書は拝米反中国ばかりである。
なぜこれほど空虚なのだろうか。中嶋氏は中国語、英語、フランス語に堪能だという。ここが問題である。まず中嶋氏とは異なる普通のタイプで堪能な人々は、文学者、通訳、外国文学部教授、教師、翻訳者等の外国語の専門家として活躍し立派である。一方、中嶋氏や外信部出身新聞記者のように外国語を話せるとか言ってそれでいて外国語を本業とせず英語英語アメリカアメリカとわめく人は困るのである。中嶋氏は、共産主義はなぜ失敗したのか、一方の資本主義は果たして正しいのかを論評すべきであった。

共産主義が失敗したのは伝統がないの一言に尽きる。共産主義の国が多数あり、長い歴史があり、共産主義国どうしが第一次世界大戦や第二次世界大戦を戦っていれば、共産主義の問題点を改善し少なくとも今の欧米と同程度の政治は行えるはずである。欧米は宗教戦争や多数の植民地獲得の戦争を経て現在の政治体制を築いた。第一次世界大戦前は欧州の多くの国が国王親政であった。第二次大戦後も広大な欧米植民地があった。

日本の資本主義について言えば、個人事業主や大店の発展したものとして会社がある。そこには伝統があるから資本主義自身の伝統が乏しくとも成功はする。しかし社会全体を考えると会社のみに意識を集中することにより地域産業、家庭、文化を破壊する。地球全体で考えれば資本主義は伝統があるとはいえない。地球を亡ぼし人類は滅亡するであろう。共産主義と資本主義を論じるときはこの程度のことは考えるべきである。

四月十六日
私は反中国を主張する人に対してそのことを批判したことはない。会社間でも価格、瑕疵責任、保障期間などもめる事は多い。国の間でも同じである。私が中嶋氏を批判するのは、日本を欧米化しようという下心があるからである。各国は先祖から受け継いだ伝統を子孫に伝えながら他国と友好を進めるべきである。欧米化してはならない。それでは売国行為である。子孫への裏切り行為である。

四月二十一日
旧ソ連でバルト三国が反抗を始めたときに、毎日新聞は「中国にも衝撃」という見出しの記事を載せた。少数民族を抱える中国も同じ道をたどるというのである。記事を見た大東亜省(当時)の中国留学生であった私の父は「中国は漢民族が極めて多いからソ連のようにはならない」と言った。事実ならなかった。
天安門事件が起きたとき、「周恩来が生きていればこのようなことにはならなかった」という記事が載ったが父は「周恩来は毛沢東の子分だった。だから文化大革命のときに攻撃されなかった」と言った。その後、周恩来はひざまずいて毛沢東と会っていたことが世界に暴露された。
私が中国を論評しないのは父のようには中国のことを知らないからである。だから中国専門家の中嶋氏が中国を批判するのはかまわない。しかし中嶋氏の場合は拝米という二文字が背後に現れている。

四月二十ニ日
中国の文化大革命の様子を書いた中嶋氏の本は、事実を時系列に並べているだけである。むろんその詳細な記述には圧倒される。しかしそれは新聞記事、ニュースとして、という但し書きが付く。文化大革命の裏側を世界中が知ってしまった後は、旧聞記事、オールドズに過ぎない。
文化大革命から世界が学ぶべきは、(1)絶対正しいという人間はいない、(2)新しい事をやるとほとんど失敗する、(3)平衡感覚が重要である、(4)長く権力の座にいるべきではない、の4つである。
日本人が学ぶべきことは、(1)マッカーサは正しくはない、(2)日本の伝統を重視しないとほとんど失敗する、(3)アメリカ文化が過度に流入しているため平衡感覚でこれを阻止すべきである、(4)アメリカを長く世界支配の座に付けておくと人類は滅びる、の4つである。

四月二十九日
文化大革命で得をした人間が世界中に一人いる。それは毛沢東ではなく中嶋氏である。毛沢東は文化大革命によりもはや後世にいい評価を受ける事はありえない。中嶋氏はあの特異な事件を報道したことにより、中国と共産主義に詳しい専門家として外務省特別研究員、欧米の大学等の客員教授を歴任し、その延長線上に東京外国語大学学長の地位がある。欧米に偏らずバランスを取るために中国、共産主義に詳しい中嶋氏を任用したのにご自分の器量によるものと勘違いしている。中嶋氏のすべきことはどうすればアジアが欧米文化に毒されず独自の文化を保持し共存繁栄していける道を探すことである。

四月三十日
田中角栄首相の訪中ののちに日本では一時、中国ブームとなった。訪中した自民党の議員が中国の人民帽をかぶって支持者の前に現れたり上野動物園に多数の人が押し寄せた。もし中国ブームが現在まで続き、そのため中国共産党の思想が日本に異常流入したというのであれば、反中の言動が必要である。しかし事実は逆である。戦後六十年間に亘りアメリカ文化が異常流入しているのである。そのような状況下で反中拝米を叫ぶ中嶋氏は平衡感覚欠乏者、日本を破壊する獅子身中の虫と断じてよい。


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