31、世界平和の為に

平成十六年六月廿二日



半月の間アメリカに出張し帰国したばかりである。前回のページ作成から今回までの実に半分はアメリカにいたことになる。
私と考え方が一番近いアメリカ人は、ジョーオダネル氏とビルトッテン氏である。オダネル氏が9年前に来日したとき講演を聴きに行き同氏と握手もした。オダネル氏は終戦直後に米軍軍曹として空襲の記録を撮ることを命じられ日本国内を撮影した。1995年にスミソニアン博物館で企画した写真展が中止に追い込まれ、その後世界中で写真展を開 いた。今回はジョーオダネル氏を紹介し、世界平和を実現する方法を考えたい。


1 焼き場にて
オダネル氏の写真で一番有名なのは10歳くらいの男の子が死亡した弟を背負い直立不動で立っている「焼き場にて」(トランクの中の日本96ページ、小学館)である。すべての家庭に是非この本を一冊備えてほしいものである。

2 まず戦争という言葉をなくそう
日本は憲法で戦争を放棄した。だから日本人は率先して戦争という言葉を使わないようにしよう。代わりに「集団人殺し」、「国家間人殺し」、「無能指導者が起こした大規模殺人事件」と呼ぼう。ベトナム戦争は「ベトナム集団人殺し」、イラク攻撃は「アメリカイラク国家間人殺し」といった具合である。世界にもこの呼び方を広めるべきである。

3 ミャンマー政府はノーベル平和賞に値する
外国人と結婚した反政府指導者を外国が支援したらそれは重大な介入である。ミャンマーのアウンサンスーチーはいい例である。それでも解決の糸口はまだ残されていたが、ノーベル平和賞まで与えたためもはや解決は不可能となった。あのときミャンマー政府にノーベル平和賞を与えていたらどうなっただろうか。ミャンマーは国民にも世界にも気を配る国家と変わっていたであろう。ノーベル平和賞を与えるべきはアウンサンスーチーではなくミャンマー政府であった。しかしこれはアウンサンスーチーとミャンマー政府のどちらに与えるかを考えた場合である。一番いいのはどちらにも与えずジョーオダネル氏のような人に与えることである。

4 これからのノーベル賞
ノーベル平和賞とノーベル文学賞は要注意である。欧州文化の他地域への押し付けとなりかねない。その一方でそれ以外のすべてのノーベル賞も要注意である。科学万能教の人類への押し付けとなりかねない。更に、物理学は物理学の、化学は化学の、医学は医学の狭い分野での評価を人類への貢献と勘違いし、学会活動つまり欧米主導社会への係わりを強制し地域文化を破壊する。すべてのノーベル賞はそろそろ廃止し、ノーベル人類賞、ノーベル自然環境賞、ノーベル文化賞に再編すべき時期に来ている。人類賞は人類に貢献する科学に、自然環境賞は地球に貢献する科学に、文化賞は人類に貢献する文化に対してである。

5 日本から世界に平和運動を
日本の平和運動は世界からは無視され国内では偽善視されている。第一次世界大戦と第二次世界大戦は欧米思想が生んだものである。日本の平和運動は日本を標的にしたり欧米を賛美してはならない。日本人は本来肉をあまり食べないため世界で最も平和な国民である。戦争になると志願兵が続出するアメリカときわめて少なかった戦前の日本に現れている。日本の平和運動は世界一平和な日本に向うのではなく世界に向うべきである。 これはキリスト教にも言える。日本のキリスト教徒は隣人愛という言葉に引かれたり牧師や神父の平和的性格に引かれ信仰を始めた人ばかりであり、キリスト教のイスラム教への攻撃性に引かれましたとか異教徒を理由にアメリカ大陸で先住民を虐殺した戦闘性に引かれました、という人はいない筈である。日本のキリスト教徒は世界のキリスト教徒の手本となるべきである。

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