九百八十三(その二) 西新宿を南北に結ぶ地下道
平成二十九丁酉年
六月二日(金)
新宿三丁目駅の渋谷側の改札を二回目に出てみた。このときも新南口でJRを超え、青梅街道を陸橋で渡り、今回はシーズンロードと云ふ地下道を歩いた。
終端で地上に出たが、中央通路を横断する陸橋は上だ。横断歩道の信号が丁度青なので渡り、そのまま新宿中央公園まで歩き、右折して成子天神に向かふ道を歩いた。ずいぶん大回りしたもので新宿警察横に至る道を歩けばよかった。或いはセンタービルが目の前に見えたから野村ビルに至る地下道を歩く方法もあったが、途中に上下があるので敬遠した。

六月三日(土)
シーズンロードがなぜ途中で行き止まりになるのか気になったので、この日の昼休みは新宿警察を右折して京王プラザホテル内のレストラン街を歩いてみた。しかしシーズンロードには接続しない。この日はレストラン街の往復で終了した。中央通路までの地下道と中央通路から先の地下道を探すまで行かなかった。
よく考へると中央通路は真ん中が車道、両端が地下歩道だ。なるほどここで地下道と連結し終端でよいことに気付いた。あとは京王プラザだけになった。

六月三日(土)その二
翌日は昼休みに、野村ビルからセンタービルの四号との合流部まで往復した。この地下道は二十四年前に今の会社に転職した直後に知った。最初は再現不可能なくらい複雑に感じたが、慣れればそれほどではなかった。センタービルの地下部分は別の通路もあり、幾つかのバリエーションができた。
野村ビルかその隣の安田火災海上ビル(現、損保ジャパン日本興亜ビル)のどちらかの地下に書店があり、子供が幼稚園のときにCDを購入した記憶がある。安田火災の地下は今は事務所なので店舗が移転後に事務所になったのかと、そのときは思った。

六月四日(日)
その翌日の昼休みは、西新宿駅から野村ビルまでの新設された地下道を歩いた。私が労働組合に加入したときは、この部分は無かった。都庁の方角に動く歩道があり組合事務所に行った。動く歩道は東北大地震のときに節電のため停止になった。今も動かないのはよいことだ。こんな無駄なことに電力を消費してはいけない。
新たにできた地下道は数年前に知った。今回は野村ビルの地下階にも直接行けることを確認した。これで新宿駅から4号地下歩道を歩きセンタービルから西新宿駅まで地下道のみで行けることになった。
西新宿駅の先を西側に延長してくれると、職場まで地下道だけで行ける。しかし東京都建設局のホームページを見ると、その計画はないらしい。野村ビルの先を新宿駅まで伸ばし、将来はガード下を潜るさうだ。
この日は野村ビルに行ったついでに地下一階を一周した。損保ジャパン日本興亜ビルに一番近い側はコンビニなどが入ってゐた。或いは二十年程前に行った書店は野村ビル側にあったのかも知れない。それにしても地下街の賑はひは見事だ。人気の高いレストランは店前に昼食を待つ人の列ができる。
後からできた高層ビル群は、或る程度の通行者はゐるものの賑はひの桁が違ふ。更にその後のビルは通行者が閑散とする。三番目の種類でもお客さんは入るし店も経営を続けられるし、まあこれでよいのかなと思ふ。(完)

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