九百三十 二月の昼休み散歩日誌

平成二十九丁酉年
二月十一日(土)
二月も昼休みに散歩を続けた。一日は青梅街道の淀橋を渡り対岸の中野区本町1丁目の小路を歩いた。古い民家が多く感じのよい町だ。しかし淀橋の手前の西新宿側と、淀橋先の中野坂上側ニ高層ビルが迫ってゐる。
二日は25階から13階まで走り降りて13階まで走足に上がらうとしたが6階分上がったところで息が切れてあとは通常の歩きになった。三日は青梅街道向ひのビルの商店街を散策した。土日を挟んで六日は中野坂上方面にあるコジマと云ふペットショップの店内でイヌ、ネコ、ハムスターを見た。つまりほとんど歩かなかった。
七日は久遠寺と云ふ寺が近くにあるのでそれを見に行った。X宗だらうと思ったら浄土真宗本願寺派だった。寺と云ふか庫裏があり、しかし墓地が無い。道路の反対側に信徒会館が在る。インターネットで調べると宗教法人開設は昭和三十九年で新しい。熱心な門徒が建立したやうだ。
八日は玉川上水から神田上水への助水が合流したところに行った。淀橋のすこし上流に放水口がある。これかも知れない。しかし水は流れてゐなかった。丁度対岸にローソンを閉店改築中だ。青梅街道反対側にも100円ローソンがあり会社が西新宿に移転する前から利用してきた。出勤途上の西新宿で降りる。そのまま中野坂上方向に歩いて昼食を買って中野坂上まで歩き、地下鉄に乗って新中野で降りる。新宿止まりが来たときは新宿で降りてあとは100円ローソン経由中野坂上まで歩くこともあった。

二月十四日(火)
九日は日土地と新宿オークシティの複合ビルに行った。二つのビルが一階で一体となる。昼休みは食堂が弁当の販売をするので賑やかだ。
十日の金曜は朝の出勤時に歩く経路を変へてみた。本門法華宗浄風寺と云ふビルの谷間にビルと一体に見えるお寺があった。昼休みに寄った。本堂を案内して頂いたが、弱い眼鏡しか持って行かなかったので本尊がよく見えなかった。インターネットで調べると、長松日扇の亡くなった後に分裂した一派が淀橋に作った施設のようだ。

二月二十二日(水)
昨日は丸の内線が朝の出勤時間に一時止まった。私は振替輸送で都営地下鉄の西新宿五丁目(清水橋)で降りた。水路跡を歩いて神田川に出た。インターネットで調べると、神田川笹塚支流とあり暗渠化ののちは下水として幹線に繋がる。清水橋は玉川上水十二社助水だとばかり思ってゐた。神田川との合流部にパックリと正方形で2m四方くらいの口が開く。大雨で下水幹線に入り切らないときは神田川に放流するやうだ。少し下流の玉川上水助水の神田川合流部にも放流口がある。この日の昼休みは合流部放流口巡りになった。
一階から二十五階まで歩いて登ることは四回で止めた。楽々と登れるからだ。登ったあとそのまま自分の席に戻って仕事を継続できる。そのため新しいことを始めた。十二階駆け下りて十二階駆け上がる、と云ひたいが駆け上がるときに四階乃至六階(駆け上がる速度に拠る)で苦しくて早足に替はる。駆け足と速足の合計が九階くらいで再度苦しくなって普通の歩く速さになる。そのまま事務所に入ると息が切れるからフロアの廊下を一周して自分の席に戻る。不思議なもので西は男子トイレ前から東は都庁の建物が見へる休憩室まで50m一周するだけで息が元に戻る。(完)


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