九百十八 東京地下鉄の一日乗車券使ひ始め(東南アジア留学生向けシェアハウス)

平成二十八年丙申
十二月十八日(日)
昨日は、地下鉄沿線の或る東南アジア留学生向けシェアハウスを見学に行った。開業前で改築が終はったところだ。初めて東京地下鉄(東京メトロ)の一日乗車券を買った。昨年の二月十日に710円から600円に値下げした。710円は高いから専ら都営地下鉄の期間限定販売の500円券を使ってきた。
値下げした理由は回数券利用客の激減だと思ふ。消費税増税で10円未満が切り上げされた。電子カードを使ふと切り上げではなく1円単位になる。だから回数券は割引率が激減した。私も以前は土日券で休日にあちこち散策に使ったが、値上げ後は必要のあるとき以外は東京地下鉄に乗らないことにした。
私と同じ思ひの人は多いはずだ。そして一日乗車券が値下げになった。

十二月十九日(月)
シェアハウスの家主は、シェアハウスで作られる人脈を活用して、東南アジアのネットワークを作りたいと抱負を語ってくれた。ベトナム語を留学生から無料で教はる夢も語った。これはよい心がけだ。外国と云ふと欧米を連想する人が多い。アジアとの交流も英語で済ますことを考へる人が多いが、それだと西洋文明の範疇でのアジア人の交流になってしまふ。

十二月二十一日(水)
駅のポスターで羽子板市を知り浅草で降りた。前に来たことがあるのはほうづき市だったかと考へながら観るうちに、やはり羽子板市だったと判った。羽子板以外に人形やだるまを売る店に見覚へがあった。
境内に和服の参拝者が一人或いは二人と全部で七人くらいゐた。最後の二人連れは中国語を話すので、なるほど前に中国人向けの和服貸出店を隅田公園の手前で見たことがある。こんなところから日中の親善が深まることを期待したい。

十二月二十三日(金)
秋葉原で布団乾燥機を購入した。マンションに住んで判った。物干しが狭く布団を干す場所がない。今までなぜ布団乾燥機が世の中に出回るのか理由が判らなかった。
秋葉原は家電量販店がほとんど消滅した。残ったのはパーツ屋など専門店ばかりだ。家電の買ひ物客は相変はらず多いが、ほとんどは駅の東側のヨドバシカメラに入る。調べてみると開店は十一年前だ。四年前くらいに思ってゐたが、ずいぶん経過したものだ。駅西側の衰退も合点が行った。
私が小学生のころ、家電街は金網式石油ストーブをたくさん販売した。もちろんテレビや冷蔵庫も販売するのだが、なぜ家電街で石油ストーブと驚いたことが今に至る記憶に繋がった。
三十歳くらいのときはパソコンをたくさん販売するので記憶に残った。当時は家電とはあまり思はなかった。

十二月二十七日(火)
せっかくの一日乗車券なので地下鉄東北端の赤羽岩淵、西南端の中目黒まで行った。西友の八階建てのビルは別の店舗に替はったが道路の向かひに西友がある。一階が店舗、二階は西友本部とある。ここは昔から西友だったか記憶が曖昧だが、インターネットで調べて、昔から西友と判った。ダイエーの大きなスーパーもある。LaLaガーデンと書かれたアーケードが隣接する。アーケードのある街は貴重だ。昔はすずらん通りではなかったかとインターネットで調べるとやはりさうだった。
中目黒は日没後に目黒川の電飾を見た。駅から信号を渡るまでかなりの人出だ。インターネットで調べると二年前は青の電飾、今回は橙色だった。
朝、根津にも寄った。不忍通りの二本東側の路地を藍染大通りまで歩き、その一本西側の路地を言問通りまで戻っただけだが、古い町並みが少しづつ消える。言問通りのアーケードは少しづつ虫食ひ状態になったが二十年程前に消滅した。今回は赤札堂の裏に大きなマンションが出来た。(完)


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