七百八十五(甲) 仏教の音楽(声明しょうみょう)

平成二十七乙未
十二月二十三日(水) 声明とは
川崎大師の二箇大法要に参列したとき、梵唄(ぼんばい)といふ読経法を聴いたが、よく判らないうちに終つた。これは小学生のときから西洋音楽を強制されたため、七音階に入らないものは音楽と感じなくなつたのだらう。
浅草寺の末寺の待乳山聖天で、声明(しょうみょう)のレコードを聴いたところ今と少し異なるといふ話があつた。といふことで、声明関係の書籍を二冊借りた。
まづは二番目に読んだ大栗道榮氏「よくわかる声明」を紹介したい。「はじめに」に
密教僧が学ばなければならない必須科目に、「梵唄」(梵語の唄)があります。これを「声明」といいます。/祥和二年(835)正月二十三日に勅許がおりて、高野山に年分度者(括弧内略)三名が許されました。/その内訳は次のとおりです。
大日経(泰造業)を学ぶ者 一名
金剛頂経(金剛業)を学ぶ者 一名
声明業を学ぶ者 一名
そのときの太政官符の奏状に「仏法は五明」とあります。/五明とは、一つは声明(言語学)・二つは内明(心理学)・三つは因明(論理学)・四つは医方明(医学)・五つは工巧明(工芸)です。僧侶は、これだけの学問をすべて身につけよ、というのです。
声明とは「仏教音楽で用いられる声楽」のことです。近代邦楽の琵琶・謡曲・浄瑠璃・小唄・地唄・長唄などは、すべて仏教音楽である声明から導き出されたものです。

と貴重な情報を書かれた。そして
仏教音楽の中で、仏教儀式に用いられないもの、たとえば「御詠歌」とか「巡礼歌」などは声明のうちに入りません。

十二月二十三日(水)その二 声明の発声法
まず師僧は五音や初重、二重、三重、十一位を何度も弟子に歌わせます。/弟子がよく十一位の音階を理解できたならば(以下略)

とあるが、インターネットで十一位を検索しても音階が出てこない。次に
声明の発声の肝心なところは、口を大きく開けないということです。外見上みっともないばかりでなく、声が細くなって息が続かなくなるのです。

ここは重要で、西洋音楽の発声は日本人から見ると口をカバみたいに開けてさまにならない。西洋人が歌ふとそれほどではない。長い歴史の中でそれぞれの発声法が発達したことを無視してはいけない。後ろのほうを読むと五音とは宮(ド)、商(レ)、角(ミ)、微(ソ)、羽(ラ)で、初重とは1オクターブ低い音域で、ソとラの二音のみ、二重は普通の音階で五音、三重はラを抜いた四音で、全部で十一位といふことが判る。

十二月二十三日(水)その三 声明の音譜
声明は古くから「五音博士」という独特の記譜法で旋律が記録されてきました。これは歌詞の漢字の左側または右側に、太い墨線で旋律を表したものです。これを「墨譜」または「ネウマ」「博士」といいます。/「墨譜」は、その向きによって音階を構成する五音を表すもので、どの曲でもこれで書き表すことができます。

初重のソは右向き、ラは右に時計回りに四十五度つまり右下向き、二重のドは下向きと続く。
しかし「墨譜」だけでは旋律の動きを完全に書き示すことができないので、墨譜にいろいろの技巧や旋律の動きを完全に書き示すことができないので、墨譜にいろいろの技巧や旋律の型を示す記号を書き添えるようになりました。これを「手入れ」といいます。/しかし、それでもなお十分に旋律の細かい動きを表すことが難しいので、今度は線の形によって視覚的に旋律を書き表すようになりました。これを「仮り譜」といいます。

としてその例が掲載されてゐるが、私には判読不可能だ。CDが添付されてゐるので聴いてみて、成程さういふものなのかと思つた。一回目に聴いたときはまつたく判らず、これが音楽かと思つてしまつたが、それは耳が西洋音楽ばかりに慣れてしまつたためだ。二回目に聴くと多少判るようになつた。

十二月二十三日(水)その四 声明の音譜
次に岩田宗一氏「声明は音楽のふるさと」を見よう。
声明と呼ぶようになったのは、日本では鎌倉時代、十三世紀初め以後のことで、それまでは通常「梵唄(ぼんばい)」といっていました。中国では今日でも梵唄・讃・念仏などといっています。

次に注目すべき記述は
仏教は今から約二千五百年前にインドで興りました。そのころ、開祖である釈迦(ゴータマ・ブッダ)の教えなどを暗記するときに旋律をつけて覚えていたのですが、それはガータと呼んでいたようです。

これは初耳で、本当かどうか不明だと思ふ。次に譜の例が載つてゐる。(1)東大寺二月堂、(2)天台宗四智梵語讃、(3)真言宗四智梵語讃、(4)臨済宗相国寺観音懴法、(5)浄土宗往生礼讃、(6)真宗大谷派正信偈、(7)時宗來迎讃、(8)日蓮宗報恩会式一咒讃、(以下略)で二種類の譜がある。大栗道榮氏の墨譜或いはそれと似た形式の(2)(3)(4)(7)(8)と、読誦する字の右に「一」が横、斜めに書く方式(1)(5)(6)がある。何と(6)を見て驚いた。先週参拝した浅草の東本願寺のお経本に同じ記号が振られてゐた。「一」が一本だけのもの(1)(5)と、ときどき二本になるもの(6)があり、東本願寺で勤行のとき記号の意味は解らず、周囲に合はせて音階を上げたり下げたりした。
この声明は「重」という一定の区間を同じ高さを中心に読んでいくという、言うなれば大きな旋律型(一種の旋律パターン)と、一言一言の抑揚にしたがって高低をつけていくという方法で曲ができています。

「重」といふ語が大栗道榮氏とは別の意味で使はれてゐる。東本願寺はこの「重」による旋律だつた。
このような曲の構成法を取り入れたのが、平家琵琶音楽であると多くの研究者が説いています。旋律や構成法がこの両者がとても近い関係だからです(譜例(11)平曲-小原御幸)。
能の声楽部分「謡(うたい)」も類似した旋律法によっています(譜例(12)能-羽衣)
やがて江戸時代に入りますと、人形劇の伴奏音楽として出発した浄瑠璃、なかでも義太夫節が劇的なセリフを代行したり、情景描写のナレーション音楽として登場し、歌舞伎音楽に欠かすことができない存在となっていきます。もちろん、同じ浄瑠璃の仲間でありながら、より歌うほうに近づいた清元節・常磐津節も歌舞伎のなかに採り込まれていきます(譜例(13)義太夫節-一谷嫩軍記:熊谷陣屋の段)。


十二月二十三日(水)その五 四箇法要
四箇といいますのは唄・散華・梵音・錫杖という四つの声明曲のことをいい、この四つの曲を中心として構成されている法要を「四箇法要」というのです。(中略)この四箇法要は平安時代には天台宗・真言宗でも行われるようになりました。そして両宗特有の密教系の法要の際には唄と散華だけを唱える二箇法要という形式が生まれました。

なるほど川崎大師はこの二箇法要だつた。

十二月二十三日(水)その六 真宗声明
岩田宗一氏「声明は音楽のふるさと」では真宗について一章書いてゐる。このうち「蓮如以後」の節を見よう。
存如から蓮如の時代にかけて再興された真宗声明が、その初めに「九重」であったとか北野の釈迦念仏をモデルとしたとかいう記述について、その意味を考えてみましょう。/まず釈迦念仏というのは「南無釈迦牟尼仏」を繰り返す念仏ですが、今日主として真言宗の寺院に伝わっています。すなわち北野(千本)の釈迦堂では現在でも九重という唱え方で行われています(以下略)
三重が一番高くて、次に二重に下がることを四重といい、さらに初重に下がることを五重というように、ジグザグに上下しながら繰り返すのです。(中略)本願寺は初め九重で和讃と念仏を唱えていましたが、山科時代はすでに三重になっていたという記述もうなずけます。しかしここでいう「重」とは、和讃や念仏を唱える際の曲全体の音の高さのことで、言い換えれば儀式の構成の仕方ともいえるものです。
では旋律(ふし)はどうだったのでしょうか。こちらの方はやはり天台声明から採ったとみるのが自然でしょう。

先週参拝した浅草東本願寺では、漢字五文字ごとに音の高さが三段階に変化した。しかしそれ以外の節は付いてゐなかつた。

十二月二十三日(水)その七 音環境が危ない
岩田氏は「音環境が危ない」といふ章で次のように書かれる。
信号音や警報音(アラーム音)、衝撃音の氾濫のなかで暮らしていますと、子供に限らず多くの人々が、音に対する重い不感症に陥るのではないでしょうか。(中略)医学博士の杉靖三郎という方が、「声楽としての読経と精神生理」という随筆のなかで次のように述べています。「静座・複式呼吸・・・・などが、大脳の古皮質(情動・意欲・筋肉の緊張をつかさどる)を鎮静にさせ、新皮質(知性・理性をつかさどる)を賦活させる作用がある・・・・・これに対して、音楽もリズムが速くなり、音が強くなると騒音となり、古皮質はつよく刺激され、興奮して情動に駆り立てられ、肉体的にも反映し衝動的な行動に追いやられる。そして新皮質の働きは緩められ、思考力・判断力はにぶって、各批判に付和雷同するようになる」というのです。

私が日本音楽や声明に興味を持つのもこれが理由である。(完)


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