六百八十二、日経BP系雑誌(1.或る記事を批判、2.ガバン・マコーマック氏の記事を紹介)

平成二十七乙未
三月三十一日(火) 最初は賞賛しようと思つたが
日経コンピュータの編集委員なる人の記事を、最初は賞賛しようと思つた。しかしよく読むと内容が極めて悪い。まづ賞賛しようと思つた部分を紹介しよう。
富士通、そして日立製作所やNECは、パナソニックなどと同じ電機産業なのだ。(中略)3社ともIT産業を代表していない。/では、日本のIT産業を代表する企業はどこか。今や売上高が1兆円を優に超えるNTTデータと言いたいところだが、IT産業より範囲が狭いITサービス産業、つまり私が“SIガラパゴス”と呼んでいる産業のトップ企業と言ったほうがよい。それにNTTデータは上場しているとはいえNTTの子会社であり、その社長人事を最終決定し発表するのは親会社であるNTTだ。/この4社を外すと、日本のITベンダーは一気に小粒となる。

ここまで同感である。尤もSIガラパゴスといふだけでは社会の役に立たない。経緯と今後の対策を述べないなら単なる悪口である。だいたい日経系のコンピュータ雑誌は技術に関する記事を除いて表面だけなぞつたものが多い。売文ガラパゴスではないかと反論したくなる。次に
日本のIT産業には以前、コアとなるリーディングカンパニーが存在し(中略)日本IBMである。(中略)昔の日本IBMは、単なる外資系ITベンダーの日本法人ではなかった。半導体からメインフレームまでを一貫生産できる工場を国内に持っていた。さらに研究・開発部隊も自前で持ち、ノートPCは本社に先駆けて日本仕様のものを開発・発売している。

日本IBMは事業内容だけではなく労務政策も日本独自だつた。これが本来の外資系のあるべき姿である。次に
NTTデータのようなSI、つまりソフトウエア開発の受注を主な生業としてきたITサービス産業の企業だけでなく、富士通や日立、NECといった国産メーカーも出自は“受注”だ。旧・電電ファミリーとして電電公社(現NTT)の要求通りに交換機を受注生産していた事業が、ITベンダーとしての原点だ。ある国産メーカー出身のコンサルタントは「企業風土は下請けの部品メーカーと変わらない」と語っていた。

ここも同感である。だから最初賞賛しようと思つたのであつた。

四月一日(水) 結論がよくない
日本IBMと富士通、日本電気を見抜いたのは見事である。といふより昭和六十年辺りまでを知つてゐればこれらは常識なのだが。しかし結論がよくない。
「馬糞の川流れ」とは、共通の利益が無くなった集団が雲散霧消する様を表す。トレンド(川)に流されてバラバラになって、その多くが消える。日本のIT産業もそうなるかもしれない。ただ逆に、ITに対するニーズはますます多様になっていくのは間違いない。そのニーズに誰が応えるのか。そろそろ日本のIT産業にも新たな担い手、そして新たなリーディングカンパニーが登場してよい頃だと思うが、いかがか。

まづ馬糞(まぐそ)の川流れといふ言葉が不快である。川に流せば汚染する。100倍の水で薄めても魚は住めないだらう。インターネットで調べると政治屋の間でよく使はれ川に馬糞を放り込むとばらばらになるように政党や派閥がばらばらになることださうだ。
それより重大な欠点がある。「新たなリーディングカンパニーが登場してよい頃だと思うが」の部分である。ここが業界の内部の人間と、外から表面だけなぞる売文ガラパゴスの違ひである。かつて日本のソフトウェア業界は小規模な会社でも自社製品を持つてゐた。コンピュータの値段が下がりソフトウェアの値段もそれに連動したため、またCPUはインテル、OSはマイクロソフトで技術が均一化したため、多くは多重請負に組み込まれてしまつた。ここでリーディングカンパニーが登場してどうするのか。かつて富士通や日立がIBMの真似をしたように、日本のIT会社はそのリーディングカンパニーの真似をしろといふのか。この記事は単なる辻褄合はせに終つてしまつた。

四月三日(金) 日経新聞はまづ怪しげな子会社で容易に解雇をしてみよう
この編集委員なる男は別の日に「解雇が容易になれば、IT部門とIT業界の問題は片付く」と題して次のように書いた。
ユーザー企業のIT部門やIT業界の問題点をいろいろと書いてきたが、そうした様々な問題の根っこはたった一つである。その根っことは「日本は解雇規制が厳しく正社員を容易には解雇できない」ということだ。逆に言えば、IT部門やIT業界の問題は、正社員の解雇が容易になれば大概は片付く、ということになる。

中小企業では離職率が高い。大企業や公務員の離職率は低いからそれとの乖離をどう埋めるかが重要なのに、この男はそんなことにお構ひなく解雇を容易にすれば片付くといふ。解雇を容易にすれば中小企業ではますます離職率が高くなり、これは社会を破壊する。そんなに容易な解雇が好きならまづ日経新聞の怪しげな子会社で解雇を実施したらどうか。売文ガラパゴスは社会に有害である。(完)


四月四日(土) ガバン・マコーマック氏の記事
次は昨年五月日経ビジネスに載つたガバン・マコーマック氏へのインタビューである。聞き手は日経ビジネス編集委員の女性で、日経BP社に入社後にイギリスに留学。アメリカではなくイギリスだつたことがどう影響するかも見よう。
「日本は米国の属国だ――。米国に従属するのではなく、なぜアジアの一国として独立した道を歩まないのか」とかねて問題提起してきたオーストラリア国立大学名誉教授のガバン・マコーマック氏。
 安倍晋三政権は今、集団的自衛権行使を容認する方向に動きだそうとしている。このことは日本が戦後69年を経て、1つの転換点を迎えつつあることを意味するが、「安倍首相の政策はもとより大きな自己矛盾を抱えているだけに、今回の集団的自衛権の行使容認はその自己矛盾を一層深刻なものにするだろう」とも指摘する。


ここまで完全に賛成である。それではインタビューを見よう。
(前略)安倍首相は従来の憲法解釈を変更することに意欲を示しており、集団的自衛権行使の容認に限定的とはいえ大きく舵を切ろうとしています。
マコーマック氏:これはかねて米国が日本に求めてきたことで、安倍氏自身、首相に就任した直後の昨年2月にワシントンを訪問した際、米シンクタンクの戦略問題研究所(CSIS)で米政府要人らを前に、「私は実行しますよ」と約束したことの1つです。


具体的には
マコーマック氏:そうです。米国は1995年以降、日本により負担を求めるペーパーを数回にわたり出してきています。つまり、安倍首相はあのワシントンにおけるスピーチで、米国からの最後通牒とも言える指摘を受けたことに対して、日本としての姿勢をはっきりとさせたわけです。私たち日本は、米国が論文で要求してきたようなことをすべて実行します、と。その1つが、今回の集団的自衛権行使の容認です。(中略)しかし、米国が今の安倍政権の動きを手放しで歓迎しているかと言えば、必ずしもそうでもない。ことはそんなに単純ではありません。
どういうことでしょうか。
マコーマック氏:
安倍首相の考え方に非常に矛盾があるからです。安倍氏自身が、その点に気づいているかどうかは知りません。しかし、その矛盾というか、整合性が取れない考え方に米国は困惑し、懸念を深めています。

四月五日(日) 西洋の感覚でアジア問題を論じてはいけない
その矛盾が何かといへば
マコーマック氏:まず一方で、安倍首相は日米同盟を強化すべく米国が要求してくることは何でも受け入れると明言している。それは安全保障面だけにとどまらず、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉に見られるように、経済分野においても様々な要求を突きつけられていますが、日本はそれに何とか応えようと今、必死になっています。
 しかし、同時に一方で安倍首相は、「『戦後レジームからの脱却』が日本にとって最大のテーマだ」ともかねて強く主張している。(中略)こうしたアジア諸国と対立するような考え方は、米政権内で強い懸念を招いています。


ここで問題なのは、アジアの親善はアジアの価値観で行なはなくてはいけない。英米仏が勝つて日本が負けたといふのは西洋列強の価値観だ。西洋列強どうし(英米仏蘭独伊)とその猿真似勢力(日本)が醜い帝国主義戦争を行なつて互いに国力を消耗し、最後はアジア各国の独立を止める力がなかつた。これが正しい。安倍首相はそのことを欧米列強に詳しく説明するべきだ。

四月五日(日)その二 日本は独立国ではなくアメリカの属国だ
オバマ大統領の会見における発言で日本で最も注目を集めたのは、「尖閣諸島も日米安全保障条約の適用対象だ」と明言した部分でした。(以下略)
マコーマック氏:
しかし、日本人はこの発言をどう理解したのでしょうか。日米安全保障条約第5条が定めているのは、米国は米国の憲法の定めるプロセスに沿って大統領が議会に対して、こう聞くことを定めているだけです。「東シナ海で、誰も住んでいない島々を巡って問題が発生しており、日本は米国にこの件で中国と戦争してほしいと言っている。議会としてはどう考えるか」――と。想像してみてほしい。それで米国が軍を派遣して、中国と戦争するという結論を出すでしょうか。あり得ないでしょう。
私がむしろ強く思うのは、日本は戦後、ずっと続いてきた米国との関係の在り方についてもっとよく考えるべきだ、ということです。


ここで私は日本のコンピュータ業界で一番正論を述べるビル・トッテン氏の主張を思ひ出す。日米安保条約はアメリカに日本を防衛する義務はない。外国から日本が攻撃されてもアメリカは日本を激励するだけといふリップサービスでもよいのだ。
「日本は米国の属国だ」とかねて指摘されている点ですね。
マコーマック氏:
そうです。米国は「日本は強く言えば思い通りに動く」と考えている。この点にもっと思いを馳せるべきです。(中略)米国は90年代にも、日米構造協議と称して徹底して改革の要望リストを日本に突きつけました。リストには予算から税制の改革、株式の持ち合いの見直し、果ては週休2日制の実現といった経済面のみならず、社会面に至るまで200項目以上もの要求が並んでいたといいます。当時、駐米日本大使を務めていた村田良平氏は、著書で「あれは第2の(米国による)占領に等しい」と表現していますが、今回のTPPを含め、米国は軍事面から経済、社会面に至るまで常に徹底して日本に要求を重ね、従属させてきたのではないでしょうか。

四月五日(日)その三 マコーマック氏の卓見
以上でもマコーマック氏の主張は欧米帝国主義側の観点を抜け切れないところを除いて立派である。しかし次の主張でこの抜け切れない部分をはるかに越える主張をした。
マコーマック氏:
私はむしろ、米国が戦後、日本を「アジアの一国」というより常に米国の「手先」として位置づけてきたことが、日本のアジアにおける孤立化という事態を招くに至っているのではないかと見ています。

同感である。アジアの一国ではなく米国の手先と位置づけてきたことが汎アジアや反欧米ではなく日本国内だけのナショナリズムを生み、それが逆に反中反韓の原因になつた。

四月六日(月) アメリカとイギリスの違ひ
マコーマック氏はオーストラリア国立大学の名誉教授である。オーストラリアはイギリス文化圏であるとともにアジア各国と取り引きが多い。日経ビジネスの編集委員はイギリス留学といふことで拝米ではない。この組み合はせがアメリカの政策に追従ではない記事を作つた。しかしアジアの反欧米感情は軍事や政治だけではなく背後に文化の相違があることまでは踏み込めない。欧米式のやり方をアジアに持ち込むからアジアの人々の生活が破壊され、それへの反感が根底にあることこそ日本の言論界は見ぬかなくてはいけない。


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