六百二十五、神仏に寄進のご利益、シロアリ不買運動のご利益

平成二十六甲午
十月二十七日(月) 神仏に寄進のほかにシロアリ不買も世の中のためになる
ミャンマーの人たちの寺院に寄進する純粋な信心はいくら賞賛してもし尽くせるものではない。同じようにかつて創価学会が折伏大行進 を続けたとき、奉安殿、大講堂、大客殿と次々に寄進した行為も賞賛に値する。しかし創価学会が最後に寄進した正本堂はよくなかつた。 カネが集まりすぎた。ミャンマーは国自体がカネ余りの状態ではなく、それは在日ミャンマー人も同じでつつましい生活の中から寄進する から尊い。まづ寄進はすべき場合と、創価学会の末期のようにカネが集まり過ぎて控へたほうがよい場合がある。

次に、資本主義下の産業においては目的が住民の幸福ではなくカネ儲けであり、ましてや地球は温暖化で滅亡寸前である。つまりは 資本主義を発展させないほうが世の中のためになる。なかでもシロアリどもにカネを与へないようにする。このことは資本主義の過度な 膨張を抑へるから必ずや神仏のご利益があるに相違ない。国民はこぞつてシロアリ不買運動を起こさうではないか。

十月三十一日(金) 鉄道不乗車運動
経済学に限界費用といふ言葉がある。製品を一個多く作るのに幾ら費用が余分に掛かるかである。鉄道は一人乗客が増えても経費は 変らない。つまり限界費用は0円である。だから鉄道不乗車運動が一番よい。かつて東京から浦和に行くのに都バスで環七の大和町 まで乗り、あとは中山道を歩いたことがある。このときは国鉄分割時の不等解雇に反対したもので、普通にJRに乗ると290円、都バスを バスカードで乗ると180円。実際は歩く途中で飲み物110円を買ふから掛かる費用は同じであつた。しかしJRを減収させた上に、飲み物 の限界費用は0円ではないから差額が、地球を滅亡させる資本主義への抵抗になる。さういふ考へだつた。
私一人でやつたから効果が少ないが1000万人が参加したらどうなるか。実に多額である。国民はこぞつて鉄道不乗車運動を起こさう ではないか。鉄道不乗車はもう1つ理由がある。この前の消費税増税のときに鉄道は便乗値上げをした。首都圏ではIC乗車券は一円 単位だが紙切符は十円に切り上げた。一円単位では券売機の改造に費用が掛かるといふのが国土交通相太田(公明党)の言ひ分だが 回数券は100円単位で切り上げた。つまりこの理由は嘘である。こんな非道徳な産業にカネを使ふ必要はない。大都市の鉄道はできるだけ 乗らないようにしよう。

十一月一日(土) 新宿から池袋は歩こう
二週間ほど前に組合員の都労委に付き添ふため午後半休を取つた。この日は執行委員会もあるが組合事務所に行くには時間が余る。 そこで新宿から池袋まで歩いてみた。まづ大久保までは夕方のアジア飲食街を見たかつたので山手線の西側を歩き新大久保からは 東側を歩いた。かつて高田馬場の手前まで線路に沿つて道路がなかつた。しかし一昨年辺りに開通したので高田馬場までは迷ふことなく 歩行ができた。ここから期せずしてかつてのミャンマー料理店が並ぶ小道を通つた。昨年末に初めて歩いたときはもちろんミャンマー料理店 はすべて移動または閉店してゐた。
目白の手前まではどこかの大学の裏を通ると都バスの折り返し場がある。目白駅前通りで学習院だと知つた。目白から先は昔ながらの 木造の家と路地の多い懐かしい感じのする地帯である。結局この日は明治通りを200mほど歩いただけであとは車の少ない道を歩けた。 今まで池袋まで数回しか歩かなかつたのは明治通りの交通量の多さだつた。裏道で池袋まで歩けることを発見したのはこの日の大きな 収穫であつた。

先週の土曜朝に組合まで行くときも片道を歩いてみた。歌舞伎町の朝の様子を観察したく線路より少し東側を歩いた。昔の都電通りで タクシーが止まり警察官が二人ゐる。交通事故かと思つたら若い女性が車道にしゃがみ込んでゐる。無賃乗車か朝から酔つ払ひであらう。 この日は新大久保の先で点字図書館を発見した。目白の先は細い路地をできるだけ線路沿ひに歩き明治通りの歩行は20mくらいだつた。

十一月三日(月) 歩き過ぎ対策
一昨日も池袋まで歩いた。土曜に組合事務所に行くときは往路を歩くことが習慣となつた。そんなに歩いて膝が痛くならないかといふ心配が あらう。その対策は考へてある。まづミャンマーの経典学習会に行くときに新中野から歩くことは止めた。次に昼休みに散歩することを止めた。 一週間に4Kmを歩くだけだから距離はかへつて少なくなつた。
一昨日はバス折り返し場にバスが入るところだつたので走つて見に行つた。転車台を見るのは初めてである。ところがバスは城内で切り返して 駐車位置に収まつた。転車台は一体何のためにあるのか。一台駐車したときにもう一台が折り返すときに使ふのだらう。
折り返し場の 向ひの塀の奥から軽音楽が聞こえてくる。学園祭をやつてゐるのだらう。学習院なんだから軽音楽ではなく伝統音楽だとかを演奏すべきだ。 天皇様が学習院に対し伝統音楽を演奏するよう勅語を出されると効果がある。そんなことをして憲法違反ではないかといふ意見が出よう。 国民が従はなくてはいけない文書は違憲である。それ以外はいはば手紙である。学習院に手紙をお出しになれば学習院は軽音楽を禁止は しないまでも伝統音楽を尊重するだらう。
目白から先は路地を間違へ明治通り200mコースになつてしまつた。

十一月七日(金) 資本主義を終らせることは神仏のご加護がある
地球は温暖化で滅亡寸前である。その前に野生生物が次々とその種と生息地を滅亡させてゐる。資本主義は悪魔の思想である。資本主義を 終らせるため、われわれはまづ限界費用の低いもの、シロアリ(政府の保護下にある産業)どもの棲家への不買運動を起こさう。資本主義を 終らせることに対し神仏のご加護があるに相違ない。(完)


メニューへ戻る 前へ 次へ