五百四十四、フリーター全般労組を日本の労働運動の標準とすべきだ


平成二十六甲午
二月二十日(木)「フリーター全般労組」
二週間ほど前にうちの労組が加盟する首都圏ネットの会合の後で六人で飲みに行つた。そのうちフリーター全般労組が二名で、これまで会つた多数の労組関係者の中でフリーター全般労組が一番私の感覚に近いといふ印象を持つた。
フリーター全般労組はかつて麻生首相の豪邸を見に行くツアーで逮捕者を出した。あのときうちの組合(分裂前)と同じ部屋に事務所があつたため警察の家宅捜索があつた。執行委員会にフリーター全般労組が陳謝に訪れ、君たち気をつけてくれないと困るよみたいな雰囲気だつたが、私は「迷惑したといふ人はゐない。皆がよくやつたと賞賛してゐる」と発言した。
その前年に亀戸中央公園で国鉄団結まつりがあり私は個人的に行つた。このときうちの労組は連合加盟だつた。当時の書記長が全労協のメーデーに参加した人に「除名にするぞ」と半分冗談半分本気で言つたことがある。それを無視して全労協系の団結まつりに参加すると開会挨拶の後、一番最初に登場した団体がフリーター全般労組だつた。

二月二十一日(金)「世の中が安定するのは自由労働者が大多数の社会だ」
世の中はピラミッド型が一番安定する。自由労働者が多数で、熟練労働者になるにつれて収入は増へるが人数は少なくなる。しかしこれだと既得権側は選挙の時に困る。だから自由労働者が少数になるようにした。
民主主義には欠点がある。だからビスマルク時代のドイツでは選挙区で不利な上に議会の権限は限られてゐた。日本も最初は納税額で選挙権が与へられたし普通選挙の実施には治安維持法の成立が条件になつた。戦前なら植民地を持つ国、戦後なら自然資源を浪費する国は余裕があるから中間層を優遇することで乗り切れる。
米ソ冷戦が終結後の日本では欧米猿真似で民主主義、民主主義と叫ぶ人が多い。多いどころか非先進国に向かつて民主主義にしろと偉さうに説教する偏向新聞まで存在する。
一番よいのは自由労働者が大多数でしかも自由労働者が満足する社会である。民主主義を叫ぶのではなくさういふ社会を築くべきだ。勿論さういふ社会を永続させるために民主主義は必要である。

二月二十二日(土)「地元族のほうが幸せ!?~地方出身大卒者の不安~(その一)」
今回の特集を書き始めたとき偶然、日経ビジネスオンラインに「もしかして地元のヤンキーのほうが幸せ!?~地方出身大卒者の不安~」といふ記事が載つた。三人に一人が地方出身者の東京で、上京後に大学受験、就活を乗り越へた人も多い。若者向けマーケティングの調査対象がさういふ人に偏るため九年前から四十七都道府県の高校中退者を含めた地元の若者の調査を続けた。博報堂ブランドデザイン若者研究所の原田曜平氏のインタビューである。
ヤンキーとはいふもののかつてのつっぱり層とは異なる普通の人達ださうだ。気遣ひはできるし礼儀正しい。その理由として学校の先生も父親も周囲の大人も優しくなり、生活が豊かになつた。だから「ヤンキー経済」といふ著書の中では地元族と形容したさうだ。
そんなマイルド化に加え、さらに驚かされるのが、その「地元族」の皆さんの”体感的幸福度”の高さです。本書に登場する方の多くがとても楽しそうで(中略)今の生活について檀那さんが「80点」、奥さんが「90点」と採点しています。

二月二十二日(土)「地元族のほうが幸せ!?~地方出身大卒者の不安~(その二)」
東京で暮らしている多くの都会生活者が「自分の生活ステージが上昇すること=幸福」と考えているのに対し、地元族は「現状維持=幸福」と考えています。休日はショッピングモールに出かけ、地元の友達とファミレスやカラオケ、ファストフード店で集まり、ミニバンで仲間とドライブに行く。そんな「中学生時代からの地続きで、居心地の良い生活」をキープできること。それが彼らの幸福です。

農業漁業個人商店などは現状維持が基本である。かつてはこれらが人口の大半だから現状維持が幸せなんだと誰もが知つてゐた。これはサラリーマンも同じでかつては定年まで平社員或いは係長止まりが普通だつた。
ところがプラザ合意とバブル経済の後は、担当部長だの専門部長だのとやたらと役職インフレを起こした。唯一の例外は官庁で昔の形態を保つてゐる。だから本省の係長は民間企業の部長クラスに当たる。民間で役職インフレを起こすと一生平社員で過ごすことは敗北者になつた。そればかりではない退職勧奨を受けるようになつた。だから日本は「現状維持=幸福」の感覚を取り戻すべきだと三十年前から考へてゐたところ同じ考へに初めて出合つた。
一般論で言えば、最も幸福度が高いのは、地元族より、都会で大成功した層だと思います。でもそうした大成功者はほんの一部。都会には成功者の影で敗北した人も数多く暮らしている。当然、そうした一般層の幸福度はあまり高くはなりません。

原田氏は敗北といふ言ひ方を用いたがこれは大成功組ではないといふ意味で、それはその次の「そうした一般層」といふ表現に現れてゐる。質問者の
では、経済的不安はどうでしょう。本書では地元族をはじめとするマイルドヤンキーの職業傾向も掲載ています。地元企業の社員、カラオケやパチンコなどの店員、とび職や配管工など職人、警備員、風俗店員など、男性、女性とも15業種が紹介されていますが、その中には必ずしも長期的に安定しているとは言い切れない職業も見受けられます。

まづ「地元企業の社員、カラオケやパチンコなどの店員、とび職や配管工など職人、警備員」はどれも立派な職業である。どうも最近大企業だけがまともな仕事だといふ悪質な視点で物を見る輩がゐる。これはプラザ合意の円高以降に現れた一時的な現象でその前まではどれもと立派な職業である。風俗店員についてはフリーター全般労組にキャバクラ従業員の相談が多く、しかし全国には行けないので、先日の首都圏ネットで、あそこの労組は紹介して大丈夫だ、ここは受け入れてくれないだらう、と全国の労組を区分けした。キャバクラだつて立派な職業である。
さて、質問に対して原田氏は
一口にマイルドヤンキーと言っても職業は様々で、ニートやフリーターで月数万円しか手取り収入がない層もいる一方でしっかり手に職をつけて40万~50万円の月収を得ている層もいます。加えて、もともと地元族はこれまで説明した様に「お金のかかる遊び」はあまりしませんし、仲間の間では一定の相互扶助も成り立っている。経済面でも現状に満足している人が多い理由の1つはここにあります。

相互扶助とは古くなつた電器製品などを回すことだと思ふ。お金のかかる遊びをあまりしないのはよいことだ。それは私も同じである。人間は昔からの質素な生活が一番よい。
地元族は、あくまで現状の生活を自ら選んでいますが、都会の年配会社員の中には、そうでない人も含まれていることです。「本当はグローバルな活躍がしたかった」「もっと高い社会的ステージに行きたかった」--。そんな夢を抱いて上京し頑張ってきたけど、結局、夢の多くは叶わず、今の場所にいる。ここが両者の大きな違いだと思います。

地元族は無欲の人達である。欲の多い人間は有害である。地方出身大卒者が地元族のように楽しく暮らすには、といふ質問に原田氏は
1つは、それでも夢を追い求める、つまり戦い続けることでしょうね。(中略)人生人それぞれですから、それはそれで1つの選択でしょう。そうではなく、「それでは寂しすぎる」「根無し草になりたくない」という人は、今から、”地元族”に仲間入りするという手もないわけではありません。

と答へた。私はもつと簡単な方法があると主張したい。それは無欲になることだ。まづ出世競争をしないことだ。二番目に都会にもあるコミュニティに参加してもよいしコミュニティを作るべきだ。

二月二十六日(水)「下町の再生」
かつて金持ちは山の手に住み、庶民は下町に住んだ。しかしプラザ合意のあと下町がなくなつた。その前からマンションの建設で下町が金持ちに侵食されてはゐた。しかしプラザ合意の後のバブル経済でまづ変になつた。バブルがはじけて一億総中流が中の上と中の下に分離した。その後の失業者と非正規雇用の増大で中の下の更に下が増大した。
日本のマスコミは拝米偏向が激しい上に上からの見下す書き方をする。だから本来はごく一般の層である庶民が結婚できなかつたりいるから出会ひの場を創るためにもフリーター全般労組のような組織が必要だと考へてゐた。しかし大都市以外は地元族といふ庶民の集団がある。これを東京神奈川千葉埼玉にも広めれば日本は再び住みやすくなる。これは特殊なことではない。プラザ合意以前に戻るだけである。(完)


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