五百十三(乙)、中小労組政策ネットワーク総会
平成25年
十二月十三日(金)「協議体と連合体」
中小労組政策ネットワークの年次総会が秋葉原の東京都中小企業新興公社で開催された。うちの組合からは四名が参加した。この組織は十四年前に全労協全国一般系を中心に結成されたが、後にうちの組合は全労協から連合に行つたため会費未払ひ状態(実質脱退)になつた。その後三年前にうちの組合で分裂騒ぎがあり、我々の側は中小ネットに復活した。
加盟組合は十一で参加者は四十名程度だつた。つまり一つの組合から平均四名が参加した。今年度の活動報告、会計報告と来年度の活動方針、会計予算、役員が拍手で承認された。本来各組合から人数を決めないと多数決にならないが、そこは協議体だから全会一致で決まる。連合体になると組合員数に応じて会費を払ひ組合員数に応じて代議員を出す。かつては右派と左派、社会党系と共産党系で多数派工作が行はれたが、この時点で組織は既に死んでゐたと言へる。
労組は協議体で全会一致を原則に、加入も脱退も自由といふ組織が似合つてゐる。それができないのは利権が絡むからだ。ニセ労組シロアリ連合がその典型である。
十二月十五日(日)「東條明治大学教授の挨拶」
東條明治大学教授からは次のような挨拶があつた。
アーレントは革命で得られるものは少ないと言つてゐる。革命のための討議が重要。討議を楽しめてゐるだらうか。
そのときアーレントといふ人を知らなかつた。革命自体は戦争や人殺しと変らない。討議が重要といふのには賛成で更に言へば目標を討議すべきだ。そして討議を楽しむことも大切である。日本の労働運動は左派と右派の多数派工作に終るといふ失敗の歴史がある。あのとき左派と右派のよいところを集めればよかつた。左派のよいところは既得権と決別、右派のよいところは中庸と日本の独立である。
十二月十六日(月)「増税の国民への影響」
全労協金澤議長からは、中小は定昇がない、安倍首相は1%賃上げを要請したがそのためには消費税増税分3%、インフレ目標2%で6%賃上げをしなくてはならないといふ話があつた。
消費税が増税されて景気が悪くなる中で賃上げできるのは大手だけだ。結局今回の増税騒ぎは大手以外への大衆課税である。私が反対する理由もそこにある。
中小労組政策ネツトは、十一の中小の単産、単組、地域団体で作られた。日本には多数の中小企業、多数の中小労組があるのにたつた十一である。
十二月十七日(火)「或る全国一般労組の解散」
先日九州の或る全国一般労組から解散の挨拶状が届いた。在職組合員がゐなくなつたため解散し今までのご支援に感謝するといふ内容だつた。結成して四十余年間がんばつて来た。
中小労組政策ネットは関東地方の労組で結成されたから、ここの組合は加盟はしてゐない。全労協全国一般に加盟してゐた。
総会ではうちの労組とも親しい二つの組織が来賓として挨拶した。どちらも加盟せず来賓として来たのは予算がないのが理由である。中小労組はどこも厳しいなかで活動してゐる。
十二月二十二日(日)「有頂天になるのではなく元に戻りその先に進まなくてはいけない」
中小政策ネツトに参加する或る組合の副委員長が国内移住者の支援組織でアメリカの国務長官から表彰された。その話は4ヶ月近く前にあり、組合間では冷やかな反応だつた。或る人は「アメリカ帝国主義から表彰されてだうするのか」と言つたくらいである。だからその組合の大会でも「アメリカから表彰されるのかといふ意見もありますが」と前置きしてから報告があつた。だからこの問題は一切触れないつもりだつた。状況が変れば大変な汚点となるからである。
たまたま今回の中小ネツトとは異なる或るパーティーの席上でその人がアメリカは民主主義だ、日本は民主主義に欠けると発言したため、一言触れることにした。
今回は表彰されしかも国務長官か何かに会つた。有頂天になるのは判るがそれは短期間で元に戻るべきだ。同じような事例として海外に留学した、出張した、居住した。そのとき有頂天になるのは当然としてもすぐに元に戻りその先に進まないといけない。
アメリカは極めて人口密度の低い土地である。ほとんどの人は気が付かないがそれはニューヨークやロサンゼルスなど大都市のそれも中心部に行くからである。私はカリフォルニア州の州都のサクラメントで酒を買ひに自動車でフリーウェイを運転し帰りに降りるところを間違へて別の場所で降りた。周りは真つ暗で道路標識はあるのだが車の前照灯を上向きにしても見えない。車から降りて前照灯がかすかに当たる標識を見て地名を確認し再び車に戻つてフリーウェイに戻つた。真つ暗で周りに人がゐないことは判つてはゐたがもし銃で撃たれたら終りである。あの光景は私がフリーウェイを降りた場所だけではない。町の中心を外れるとどこでも同じ光景が続く。アメリカで一番人口の多いカリフォルニアの州都でさへこの状態である。建国して二百四十年の人口密度の極めて低い国では贅沢のし放題である。だから表面だけの自由と民主主義で空騒ぎをする余裕がある。まづそこに気がついて先に進まなくてはいけない。
二番目に言語構造や社会習慣の違ひを考へなくてはいけない。隣の人の食べる弁当は美味さうに見える。日本はアメリカの真似をしてはいけない。我々が考へて政策に反映させなくてはいけない。(完)
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