四百八十、国会図書館


平成25年
九月二十二日(日)「社会文化会館の解体」
昨日は久し振りに国会図書館に行つた。社会文化会館の解体工事をしてゐた。以前は国会図書館に行くときはほとんど国会議事堂側の地下鉄乗り場から地上に出たからほとんど通らなかつた。社民党にはまつたく愛着を感じなかつた。村山富市の責任である。
帰りに自民党本部前を通つて五叉路から乗つたこともあるし、自民党手前を左折し坂を下りると確か岩手県東京事務所か何かがあつた。その先のメキシコ大使館の前を通つたこともあつた。といふことで私の場合はいろいろな道を歩くが、鳩山政権が誕生し福島みずほさんが官僚になるや社会文化会館の向ひの国会図書館側に警察官が一名常駐するようになつた。丁度労組の全国交流会に福島さんが来たため、このときから社民党にも愛着を感じるようになつてほとんど社会文化会館の前を通るようになつた。
社民党が与党を離脱すると、警官はゐなくなつた。そして社民党はその後も衰退を続けつひに解体された。

九月二十三日(月)「来館者数」
私が国会図書館の常連になつたのは十年ほど前に勤務先が中野区になつたときで、定期券で行けるためだつた。土曜は隔週閉館だつたので、開館の週はほとんど行つた。十二月になると翌年度の入社予定者の入社前研修が始まり、土曜に出勤するから代休は平日にほとんど国会図書館で費やした。その後、毎週開館になり月三回は国会図書館に行つた。月に一回くらいは用事があるためである。
あのころは受け取りカウンタの係員用の図書を置く机が一つだつた。今から五年くらい前だらうか。机が二つになつた。今回行つたら机が四つくらいに増へた。見渡すと来館者がかなり多い。図書検索パソコンは受け取りカウンタ手前の右側と左側にあり、以前は右側は混むが左側はまばらだつた。ところが左側もほとんど一杯である。

九月二十五日(水)「私の気に入つた場所がなくなつた」
最近国会図書館に行かない理由が判つた。私は閲覧室で読むのは好きではない。ああいふ緊張感の漂ふ空間は嫌ひである。だから返却窓口横の長椅子でここ十年近く閲覧してきた。かつては赤い布に覆はれてゐた。中はスポンジが入つてゐるのかと思つてゐたが、あるとき赤い布がなくなつた。下は堅い木だつた。向ひは蔵書カードだつた。30年くらい前は返却窓口横はすべて蔵書カードだつたが、その後コンピユータ化され、しかし蔵書カードは洋書と図書資料などが残つてゐた。その横の長椅子で読むのは実に快適だつた。しかし一昨年あたりからの図書電子化で在庫カードの位置にディスプレイ席が多数設置された。

九月二十九日(日)「食堂が高くなつた」
十年前には食堂は二つの業者が入つてゐた。隔週だつた土曜が毎週開館になつてからは、隔週で交互に営業した。土曜は来館者が少ないからそれでよかつたのかも知れない。このころは食堂入口の二つのテーブルが弁当持込用席だつた。
後に業者が交代し一社になつた。このときもそれほど高くなつた印象はなかつたが、持込席が十五くらいに増へた。土曜は奥半分は営業しなかつたが、越境して座る人が若干ゐた。そして昨年辺りに業者が変り値段が高くなつた。私は今回初めて売店でパンとサンドヰッチを購入し持込席で食べた。今までに二百回近く来館しただらうか。しかし売店で購入したのは初めてである。
尤も十年くらい前は、地下鉄の駅を上がつたところのコンビニで盛りソバとサラダを購入し、一時退館の手続きを取つて図書館前のベンチで食べるようになつた。しかし一時退館はロッカー室に行くときだけだといふ注意事項が張り出されたため、一旦退館し最高裁判所の横の交差点の広場で食べることもときどきした。後に食堂でてんぷらソバを食べるのと値段が変らないから食堂で食べるようになつた。食堂ではカレーライスを食べることもあつた。

十月一日(火)「入館票」
三十年前は入館するときに紙に名前などを記入し受付に出して入館票を受け取つた。この入館票は透明なプラスチックの中に鉄粉みたいなものが入つてゐて、本を貸出中かだうかだと思ふがそれを表示した。

十年ほど前に予め名前などを登録したテレホンカードの大きさのカードを新館検索コーナ奥で作つてもらひ、入館前の機械に通すと循環利用されるキャッシュカード並みの厚さの入館カードが出て来た。登録カードがない人は機械に手入力するので時間が掛かつた。私の登録カードは五年ほど使ふうちにバーコードが消へかかりエラーが多発するので、新館検索コーナ奥で新しいカードに取り替へてもらつた。

昨年新しいシステムに移行した。キャッシュカード並みの厚い新カードになつた。そのまま入館カードや図書貸し出しカードとして使へる。これは便利である、と言ひたいが移行期に混乱があつた。紙に手書きに二週間ほど戻つた。

十月二日(水)「新館」
新館で雑誌を借りたときは、本館との通路に向かつた中庭前の椅子で読むのが好きだつた。しかし最近あの椅子が混むようになつた。あと受け取りカウンタ前の椅子で読むのも好きだつたが、先日行つたら椅子の数がかなり少なくなつてゐた。といふことで気楽に読める場所がなくなつた。
新聞室は後方が高い机がお気に入りだつた。斜めに新聞を置くと見やすい。ところがこの机が少なくなり、平らな机が多くなつてゐた。
といふことで私の気に入つた場所がだんだん少なくなつた。

十月三日(木)「新聞閲覧室の思ひ出」
一番早く国会図書館に行つたのは二十四歳くらいのときだつた。申し込んだ本が出てくるまでの間、受け取りカウンタに向かつて右側の今は科学技術経済情報室が昔は新聞室だつた。大きな声では言はないがそこで昔の聖教新聞を読むのが好きだつた。このとき既に創価学会は脱会してゐたが五回くらい訪問し一回目は本が目的だが二回目から聖教新聞が目的で昭和二十年代から四十年あたりまでを読んだ。すべてそろつてゐる訳ではなく戸田第二代会長がなくなつた後あたりの数年間が抜けてゐた。
その後二十年ほど国会図書館に行く機会はなかつた。十年ほど前から再び国会図書館に行くようになつた。新聞閲覧室は新館に移つたので、本を受け取るまでの間は受け取りカウンタ左側の人文総合情報室で、日蓮宗事典や日蓮宗年表、曹洞宗や浄土真宗や真言宗などの年表や事典を見て時間をつぶし受け取りカウンタに行つた。十年間で一回だけ日本の僧侶が法衣を着て国会図書館で調べてゐたのを見たことがある。人文総合情報室では本棚の前で立ち読みするのが好きだつたが机でじつくり読んだことも二回くらいはあつた。
今回久し振りに国会図書館に行つたが人文総合情報室では読まなかつた。日本は大乗仏教の国だから将来大乗仏教が復活するとしても葬式世襲僧侶の作つた各宗派の年表や事典を見ても時間の無駄だといふ冷めた意識がある。

十月四日(金)「かつての社会文化会館」
かつては食堂から窓の外に社会文化会館が見へた。消費税に反対しようなどなかなかよいことが書いてあつた。垂れ幕にはよいことが書いてあるのに、社民党の発言のうち魅力のないことばかりが報道されるのは偏向マスコミが悪い、私はさう考へてゐた。
しかし今回の党首選で判つた。社民党が悪い。同性愛者の豊島区議が立候補した。それはよいとしてなぜ東京都連が推薦するのか。世の中にはうつ病、身体が不自由な方、非嫡出子など無数の少数者がゐる。それらの人たちも暮らしやすい世の中にしようといふなら賛成である。ところが同性愛者ばかりを騒がせる。
根底に欧米の猿真似がある。二番目に社会を破壊しようとする。かつての社会党は社会を造る運動だつた。社会を破壊するのはアメリカ文化だから反米といふことでその点でも支持を集めた。今の社民党は社会を破壊する。国民の支持が保守に流れるのは当然である。
最高裁判所横の広場で昼食を食べたときも向ひに社会文化会館が横から見えた。これがかつての社会党本部かといふことで建物には愛着があつた。

十月七日(月)「一日十冊」
一日に八冊から十二冊は本を読める。しかし内容が濃い場合は一冊で数時間掛かることがある。かつては重用な部分をノートに転記し家でWebページに引用した。転記は長椅子に座りながら、或いは今はなくなつたが図書カード箱が並ぶ場所の用紙記入机で立つて転記した。1ページの多くが必要なときはコピー受付で注文するが、十年間で注文したのは数回に留まる。1ページ全部が必要なことは少ない。最近国会図書館に行かなくなつた理由がここにもある。地域の図書館で借りて家でWebページに引用すれば転記しなくて済む。
一日に八冊から十二冊は読むが大学の授業で使ふと思はれる本もときどき含まれる。概して質が低い。これに換算すると一日三冊は読める。つまり図書館に一日行くと大学の前期または後期の授業三講時分を習得する。これまで国会図書館に150回、その他の図書館に150回行つたとすれば900講時分の授業に相当する。人生は一生が勉強である。(完)


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