三百七十六、労働政策研究研修機構「欧州諸国における職場のいじめ・嫌がらせの現状と取り組み」


平成25年
三月一日(金)「都市センター会館」
昨日は半日休暇を取り、独立行政法人労働政策研究研修機構主催の「欧州諸国における職場のいじめ・嫌がらせの現状と取り組み」を聴きに行つた。労働運動に携はる者として海外の例も知つておいたほうがよいからである。
会場は都市センター会館であつた。その近隣にも都市会館だの都道府県会館だのと類似したビルが乱立する。入居団体一覧を見ると全国の市役所の東京事務所が多数羅列されてゐる。市民の税金は各市で使用すべきで東京に事務所を置く必要があるのか。これでは政府の下請けである。或は政府から交付金をもらふ乞食事務所である。
乞食は差別用語だといふ人がゐるかも知れない。しかしホームレスはよくて乞食はなぜ駄目なのか。乞食とは托鉢の意味で仏教用語でもある。ホームレスのほうがよほど差別用語である。

三月二日(土)「イギリス」
四人の登場者のうちの一番目はイギリスであつた。大学のビジネススクール教授で産業・組織心理学専攻。「職場のいじめ・嫌がらせや暴力に冠する国際的な専門家」といふ触れ込みであつたが、期待外れだつた。
いじめを受ける割合は男女とも同程度、一部の保護の対象となるグループ(少数民族、障害者、レズビアン、ゲイ男子、およびバイセクシュアル)のいじめ経験率は比較的高い、民間部門より公共部門でひろくまん延している、など無意味な話が延々と続いた。どこが無意味か例を挙げると、民間より公共部門ではどれだけまん延してゐるのか、その理由は何か。そこまで分析すれば次の対策が立てられ。そして民間でも役立つ。単に表面の現象だけ発表するのでは往復の旅費と宿泊代と講演料の無駄である。全部が日本国民の税金で支払はれる。
配布資料を読み直すと、九ページ中の二ページ分には
1.英国には職場いじめに特化した法令は存在しない---「職場の尊厳法案」は歴代の英国政府に阻まれている
2.英国航空、ブリティッシュテレコムと労組とのアプローチ。批判として経営側に有利で救済策を提供していない

があつた。日本では英語で話をする人の内容が乏しいことに寛大すぎる。これら二ページに特化して話すとよかつた。

三月三日(日)「フランス」
今回の講演で唯一有意義なのはフランスである。大学の比較労働法・社会保障研究所の研究員である。フランスではいじめと嫌がらせをモラルハラスメントと読んでゐる。労働法典L.1152-1条に「いかなる被用者も、むその権利および尊厳を侵害し、身体的もしくは精神的健康を害しまたは将来の職業上の地位を危うくするおそれのある労働条件の劣化を目的とするまたはそのような効果を及ぼす反復的行為を受けてはならない。」とある。この法律とは別に被害の補償は「社会保障法」である。これ以外に
使用者は、労働者の安全を確保し、その身体的・精神的健康を守るために必要な対策を講じなければならない(L.4121-2条)
使用者はモラルハラスメントを帽子するために必要なあらゆる対策を講じなければならない(L.1152-4条)

など多くの条文が設定されてゐる。今紹介したのは資料2ページ分だが、あと13ページ分、これと同程度の内容がある。日本の労働組合の見習ふべきはフランスの労働法典である。そのことが判つただけでも今回のフォーラムに参加した意義があつた。

三月五日(火)「スウェーデン」
スウェーデンの看護学教授の女性の話は最低だつた。いじめを受けた人にこんな心の傷が残つた、こんなことを語つてゐる、そんなセンチメンタルな話が延々と続いた。
スウェーデン文化の長所と短所として、
・問題が存在しないふりをするため、いじめがなくなることはない
・労働組合と使用者の間に交渉と平等に関する長い伝統がある
・出る杭は打たれる=他人より突出してはいれない

を挙げた。二番目を除き日本の特徴を述べたのかと間違へるほどである。せつかく日本を含め五ヶ国が登場したのだから、問題が存在しないふりをする度合を五ヶ国の比較で並べなければ意味がない。スウェーデンは問題が存在しないふりをすることを自国の欠点に挙げたが日本よりはましかも知れない。この発表ではそのことがまつたく判らない。主催者の独立行政法人労働政策研究・研修機構は何をやつてゐるか。税金の無駄遣ひである。

三月六日(水)「ドイツ」
ドイツは弁護士で大学講師も務め、労働法の著作多数とある。内容は四人の中の中間。可もなく不可もなく終つたのは、五か国の比較ができないためで、これは独立行政法人労働政策研究・研修機構の責任である。
役に立つた情報は、
従業員が250名以上の企業よりも中小企業における事例が多い
いじめ事例の2/3~3/4は女性被害者
≒50%は上司によって、≒50%は同僚によって、1.5~2.3%は部下によって行なわれる
言葉によるいじめが最も顕著
訴訟手段が成功した例は非常にわずか
モビングの語を使わないほうがよい
裁判所は紛争を解決する場ではない労使対決の場ではない
であつた。あらゆるビジネスで=民間部門・公共部門といふ内容もあつたがこれはイギリスの発表とは異なる。国柄の相違なのか独立行政法人労働政策研究・研修機構は問ひただすべきではなかつたのか。

三月七日(木)「パネル討議・質疑応答」
パネル討議・質疑応答は五十分間で、まづ労働政策研究・研修機構の研究員が日本の現状を発表し、各国の発表を踏まへた内容ならよいが日本の統計や定義をいふだけで時間の無駄になつた。残りの時間では
(スウェーデン)管理職の指名競争が理由になることがある。
(フランス)部下をいじめて成果を挙げようとする。競争が厳しくなつた。
(フランス)2002年以降法制化がされてハラスメントが認められるようになつたので訴訟数が増へた。
(イギリス、フランス)仲裁はあまり有効ではない。(フランス)むしろ辞めてから訴訟のケースが多い。
(ドイツ)ドイツは金銭保障の額が極めて低い。イギリスの額を聞くと高い。
(フランス)フランスは裁判所に訴へるのは簡単。その前に斡旋が手順。
(ドイツ)五十人以下は安全衛生の枠組みに該当しない。しかし行政の監査がある。しかし産業医が監査で発言するのは難しい。
(イギリス)大企業の人が中小に移り広げるのが良い。中小から始めるのは難しい。
(ドイツ)公正な職場。長く務められる職場にすべきだ。



三月七日(木)「坂本龍一氏と國分功一郎氏の対談」
日本はもつとフランスを見習ふべきだ。今回のシンポジウムでさう思つた。この結論に至る伏線として今回のシンポジウムとは無関係だが、日経BPオンラインに載つた 坂本龍一氏と國分功一郎氏の対談があつた。
國分:フランスに住んでいた実感としては、フランスは非常に住みやすい国でしたね。
 そのことに関連するエピソードなんですけど、僕がフランスに住んでいたときはちょうどサルコジの人気が出始めた頃でした。サルコジがフランス人たちに発したメッセージというのが「もっと働いてもっとお金を稼ごう」というやつだったんです。で、新聞社が調査したんですよ。フランス人のみなさん、もっと働いてもっとお金を稼ぎたいですか、と。すると、半分以上が、「いや、いまのままでいいよ」と答えた……(笑)。

坂本:フランス人だなあ(笑)。
國分:日本にいたら冗談みたいに聞こえちゃうんですが、僕は当時フランスにいたので、みんなが「いまのままでいいよ」と言った気持ちがすごくよくわかった。フランスにいると特段金がもっと欲しいという気持ちがわき上がってこないんですよね。でも、日本に帰ってくると僕みたいな人間でも、途端に金の亡者みたいな気持ちが出てきちゃって。
坂本:もっとカネよこせよ、と(笑)。
國分:いったい日本とフランスとで何が違うのか、と考えたら、けっきょく社会保障の分厚さなんですね。
 フランスにいると、分厚い社会保障によって自分の生活が守られている、という感覚が外国人である僕ですらあった。一方で税金は高いわけだから、あんまり働いてもしょうがない。人生なんて楽しければいいじゃないの、という気分になる。僕、娘がフランスで生まれたんですね。でも日本に戻ってくると、もう一人子どもをつくるのが怖くなる。今の保障じゃ先行きおぼつかなすぎて。

坂本:日本の少子化の一因はそこから来ているんでしょうね。未来への不安。

今回のシンポジウムでもう一つ思つたことは税金の無駄遣ひである。あれだけ大手マスコミが財政危機だ、財政危機だと騒いだのだから、税金は一円たりとも無駄にすることは許されない。それなのに今回のシンポジウムはいつたい何だ。日本の労働組合は企業別、欧州は職能別。ここが日本と欧州で一番異なる。それがどのように影響するかを話し合ふべきだし、それは別の機会に、といふなら少なくとも各国の違ひを比較すべきだ。数値や現状を並び立てるだけだからまつたく役にたたなかつた。(完)


メニューへ戻る 前へ 次へ