三千三百十九(うた)富山高山大垣旅行記、美濃路
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
九月二十六日(土)
今まで美濃路を知らなかった。調べると、江戸と京を結ぶ幹線だ。AIによると、成人男子の脚で
ルート目安日数概算費用(現代換算)コストパフォーマンスの特徴
東海道のみ約13〜15日間、約12万〜15万円最短・最速だが、川越えや船賃、宿代が高くつく。
京⇔中山道⇔美濃路⇔東海道⇔江戸約15〜17日間、約10万〜12万円日数と費用の中間型。東海道の海と、中山道の登山、を回避。
中山道のみ約18〜20日間、約8万〜10万円実費は最安だが、山道で日数がかかる。
文章による追加で、美濃路は
「七里の渡し」の船賃を節約できます。また、物価の安い滋賀・岐阜エリアの宿場町を多く利用するため、前半の滞在費を低く抑えられます。後半(名古屋以降)は歩きやすい東海道を使う。

中山道のみは
川越えの追加料金がほぼゼロで、宿代も地域密着で安いため、1日あたりの出費は最安です。ただし、日数が4〜5日長い分、「道中の食費(昼食や間食)」や「すり減るわらじの買い替え費用」などが地味にかさむため、極限まで節約生活(安い木賃宿に泊まるなど)をしないと、合計で美濃路と大差ないこともありました。

美濃路は、名古屋に立ち寄れる特長があった。人によっては、欠点だが。
美濃路を使って名古屋城下(尾張藩)に立ち寄った旅人たちは、観光や食事にお金を費やしました。
1.観光の誘惑:お城の遠望と大賑わいの境内
金の鯱(しゃちほこ)に旅人は大興奮でした。観光の中心は、大須観音と熱田神宮、特に大須観音の周辺は、江戸の浅草、京都の祇園に並ぶ一大歓楽街でした。境内では見世物小屋が並び、お土産(名産品)を買い求めました。
2. 美食の誘惑:現代の「名古屋メシ」の元祖
名古屋城下には、名物が揃っていました。
3. 夜の誘惑:宿場町での娯楽
特に宮の宿は東海道でも有数の大宿場町でした。

うち日さす都を出でて 隅田川花の江戸まで結ぶ道 二つヶあるも繋ぐ道海と山避け川のみ残す

反歌  美濃路経て疲れ少なし宿安し大井川のみ憂ひは残る

  
船町川湊

  

 

  
本陣

 
                           問屋場跡

  
                          脇本陣跡(石柱は車道に向かふので、背後の建物が右の写真)

江戸時代に旅人が、どの街道を通行したかは
幕府の規制や宿場の規模(常備された人馬の数など)から推測すると、おおよその利用比率は以下のようになります。
東海道: 約 70 〜 80%
中山道: 約 15 〜 20%
美濃路: 約 5%

次に、標高差は
順位街道名峠名(所在地)最高地点の標高ふもとからの最大高低差特徴・難所と言われた理由
1位中山道和田峠(長野県)約1,531 m約 800 m宿場間が約22kmと長く、冬の猛吹雪と積雪で命を落とす旅人も多かった最大の難所。
2位東海道箱根峠(神奈川・静岡)約846 m約 830 m石畳の急坂が続く大難所。
3位中山道碓氷峠(群馬・長野)約1,200 m約 750 m直線距離にして約8kmの間に一気に登る急勾配の山道。
4位中山道鳥居峠(長野県)約1,197 m約 330 m石畳の道。
5位中山道塩尻峠(長野県)約1,201 m約 200 m高低差は少ない。
6位東海道鈴鹿峠(三重・滋賀)約357 m約 160 m東海道で箱根に次ぐ2番目の峠。雨霧による遭難も多かった場所。
これ以外に
中山道の「十三峠」という隠れた難所
上記のような名前のついた単体の大きな峠だけでなく、中山道(岐阜県)には十三峠(じゅうさんとうげ)と呼ばれる、小さな上下が13回連続する区間があります。上下の累計は、江戸から京へ向かふ場合で、上りが690 m、下りが450 m
(終)

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