三千三百十九(朗詠のうた)閲覧注意富山高山大垣旅行記、二日目
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
九月二十三日(水)
富山を8:02発、途中の猪谷で乗り換へ。待ち時間があるので一旦下車した。
猪谷は前も来たかの思ひ出ヶ古きあんぱん味は新し
高山に10:14到着。最初は特急に乗る予定だったが、連休中は全車指定席になる。そのため普通列車を利用した。
まづ、濃飛バスの切符売り場へ行った。外国人、特に欧州系が多いのに驚いた。高山は、観光の街である。市内に株式会社組織は濃飛バスしかない、は冗談である。それにしても濃飛バスは、沢渡から上高地までの乗用車乗り入れ禁止で、儲け過ぎだ。それは、アルピコ交通にも言ってくれ、と云はれさうだ。
朝市を観た。とまと一つを買った。200円で牛乳を飲んだ。甘くて濃い。

火の見櫓

朝市 古い街並みが観光地として活きる 町年寄宅跡
朝市は菜の物果物薦め物旅人向けのおやつは避けよ 体に悪し
旅人向けのおやつとは、地名の入った洋菓子。あれらは産地とは別の場所で、まとめて製造してゐることが明らかになり数十年を経過した。地場産業の訳に立たない。
昔の街並みは見事だ。昔の街並みはとかく寂れがちだが、此処は観光で昔の街並みが繁盛する。これはよいことだ。赤い橋も観た。代官屋敷前まで行ったが、入場料500円は高い。そもそも、観光客向けの施設は、原則として入らないので、そのまま素通りした。元々の予定にも、入れなかった。
代官屋敷前の広場では、朝市を午前中に行ふことになってゐるが、十一時半なのに片付け中の店がほとんどだ。これはよくない。そもそも観光客向けの朝市らしく、好きでは無い。尤も帰宅後に調べたら、農産物の販売がほとんどらしく、それならまあよいか、と思ひ直した。
それぞれの横丁を楽しみながら、駅へ向かひ歩き続けると、定食六百円の食堂を見つけた。カウンター席八人で、七十代の老人が店主だ。既に四人が待つ。少し時間を置いて、一人目二人目の定食ができた。一回目よりは短く、三人目四に目が出来上がった。どちらの組も夫婦だ。僅かな時間後に、小生の分ができた。その後、男一人、暫くして二十前後の女性に二名が来店した。
一組目が出る時、女性は日本人ではないのかな、と思った。今までの会話は、完全な日本語だったが、一箇所助詞の使ひ方が異なった。日本人なら、ああ云ふ使ひ方はしない。暫くして、二組目も退出した。二組とも、美味しかったですよ、と云った。これは職業調理人に対し失礼だ。それだけ高齢ではあったが。
下町の香りを残す古き店味とあるじの歳にも残る
小生は、店内に三角帽子の湯沸かし器があるのが、懐かしかった。使ってはゐないかも知れない。出る時に、店主と「ありがとう」と挨拶を三往復させた。
途中で、飛騨国分寺を見つけた。

駅から各駅停車で岐阜迄行った。高山から岐阜は、指定席でもよいから特急に乗らうとも思った。しかし乗らなかった。切符売り場がすごい行列だった。観るものがあるときは、普通列車の一時間十五分後の特急に切り替へる計画だったが、選ばなくてよかった。あの行列だと、三十分前に並ばないと間に合はない。
大垣は、ホテルが駅前だ。5600円。荷物を置いたあと、夕食と明日の朝食を買ふことを兼ねて、周囲を散策した。水門川の先を右折し周囲を探しながら線路を半地下で越えた。エディオンの安売りドラッグでかごに買ふものを入れたが、割りばしがないと云ふ。ここでは買はず、近くにスーパーがないかを、スマホの地図で探した。早速見つけて行かうとするが、行き止まりの道で目の前の建物に到達できない。地図に従ひ迂回し、駐車場内を渡り、18時10分前に到着した。18時閉店を心配したが、大丈夫だった。
買ひ物を済ませて反対側に出ると、真っ暗で方角がわからない。周りは駐車場だらけだ。スマホの地図で、何とか駅に着いた。駅ビルにも、コンビニなどがある。最初に駅へ行けばよかったのに、ずいぶん遠回りをした。青い鳥を思ひ出した。
すぐ裏に店が並ぶを知らずして一回りのち袋小路も(終)
(9月29日追記)生涯で、袋小路の思ひ出が三回あり、いづれも今回の旅行に関係がある。一回目は、七年前に稲荷町駅からいなり鉱泉へ行くときに、看板が目の前に在るのにたどり着かない。二回目は、今回の旅行でいなり鉱泉に到着後、稲荷町公園を散策し、反対側に出て食事を買ったあと、道に迷った。今回は袋小路ではないが、七年前の記憶があるので、準袋小路として、頭に残った。そして、今回のスーパーだ。スーパーは、巨大なショッピングモールの一部だ。これだけ巨大だと、周りにスーパーが無いのも、頷ける。
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