三千三百二(普通のうた、朗詠のうた)短編物語(日陽宗)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
九月八日(火)
第一章 日陽宗の誕生
江戸時代の後期に、黒船が現れた。このときから、日本は西洋列強の植民地になるかも知れない。さう云ふ恐怖心が、ずっと続いた。
このやうな時に、真言宗から分かれ、太陽こそすべての根源だ、を掲げる日陽宗が登場した。
伝教は仏法破壊大悪人 弘法大師は良き事の話のみにて名高き今も

反歌  伝教は悪きが故に堕落して鎌倉時代新仏法へ
反歌  弘法ヶ善き事のみは堕落せず新仏法の物語りのみ

第二章 日犬の登場
日陽宗は、幕府から弾圧されたために、権力で押し付けることを嫌ふ宗派だった。ところが、いつの間にか、法主が権威と権力を握る、独裁教団になってしまった。幕末に弾圧された人たちが知ったら、さぞ嘆くことだらう。
それは、日犬と云ふ法主の時代だった。その前から、或る信徒団体が布教活動を始めた。そして、まったく知られてゐなかった宗派が、二十年間で有名になった。
日犬はその信徒団体と仲がよいため、あっと云ふ間に権力を握った。

第三章 日閉が後継に
長いこと、法主を引退した御隠尊が幾人もゐたが、日犬の時代に、たまたま御隠尊がゐなかった。これが、日犬の権力を強大にした理由でもあった。
ところが、急死した。法主は血脈を引き継ぐとされてきた。これ自体は、日陽宗の宗祖が亡くなったあとに、後継争ひが何回も起きたことから、当初は無かったと考へるのが普通だが、この宗派はさうは考へなかった。
突然、日閉と云ふ男が、実は血脈を受け継いでゐた、と言ひ出し、そのまま法主になってしまった。この男は日痔が正式名だが、同じ名を持つ人が既に高僧のため、自分で改名したのだった。

第四章 信徒団体と喧嘩別れ
日閉も、信徒団体とは濃厚な関係だった。ところが、些細な事で激高し、信徒団体の名誉総裁と口論になり、途中で対座してしまった。そして、完全に手を切ってしまった。信徒数は激減し、2%になった。
その後、九十代になっても法主を続ける。かつての、何人も法主がゐた時代とは、大違ひだった。

第五章 物語の感想と、感想の感想
此の話を公開前に読んだ三人が、感想を述べあった。一人が、これは日陽宗ではなく、或る宗派の実話ではないのか。
もう一人が、とは云へ実在の宗派では、日犬は二人の法主と考へられるし、日閉も二人目の法主の後半みたいだ。そんなことは有り得ないので、そら似ではないか。
最後の一人が、まるで一品二半ですな、と云った。残りの二人は意味が分からないので、解説をした。内容は省く。それは、お経に限らず文章は、全体を見なくてはいけない。一部分だけを取り上げるから、仏法から異なった解釈がでる。だから、一品二半は、単に解説をしたのみだった。
以上で、物語は終はる。その後に、先ほどとは異なる三人が物語を読んだ、そして先程の三人とは、永禅和尚、良寛和尚、石原莞爾かどうかで、議論をした。しかしこれは、物語が出来た後の話なので、結論までは分からない。
夏麻(そ)引く歌と玉の緒短きの物語には 作り手を離れた後は読む人の手に

反歌  昔より敷島の道読む人の技に任せて美しきかな(終)

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