三千二百十五(うた)1.エスニック料理店は必要、2.国語破壊を許すな
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
五月二十日(水)
経営管理ビザの基準が厳しくなり、エスニック料理店が廃業する特集を前に作った。
まづ、日本人経営の食堂を圧迫するから、規制強化は仕方が無いかな、と感じた。しかしすぐに、日本人で個人経営の店を持つ人がどれだけゐるか、と疑問を持った。プラザ合意以降、円高で普通に食堂を経営するのは、困難になった。今はチェーン店で、バイトやパートが働く。
そのやうな中にあって、エスニック料理店は収入がそれほど多くなくても、営業をしてくれる。多くの日本人が食べに来るし、街も賑はう。
タイミャンマーインドネパール各国の味なつかしの時は近付く


五月二十二日(金)
高田馬場には、ミャンマー料理店が幾つもある。多くの店は昼食時に、客が少ないが営業してゐる。一店だけ、昼食時に混む店がある。小生は今まで、調味料を試す為に、一つの料理に、場所ごと違ふものを掛けて食べた。
タイ料理店もさうだが、四点セットの調味料が備へてある。混む店でも同じやうにしたところ、辛くて30分しても、まだ口の中が辛かったことがある。なるほどあの店が混むのは、ミャンマー人向けの味なのかと、納得した。
値段は他の店と変はらない。それでも混む。一方の、空いた五店舗ほどは、日本人向けの味なのだらう。しかしミャンマー料理は、あまり知られてゐないので、客が昼食時にはほとんど来ない。
板橋駅近くに、ミャンマー人が経営するタイ料理店があった。今は区画整理で閉店したが、以前はタイ弁当で繁盛した。店内は空いてゐたが。店内は、ランチ時の十品目くらいのうち、ミャンマー料理も二品目あった。
ミャンマー料理で、一つ疑問のことがある。お寺で食べるミャンマー料理は辛くない。と云ふことは、高田馬場の多くのミャンマー料理店も、日本人向けではなく、普通の味なのだらう。混む店の仕組みが、分からない。
分からないことがもう一つある。ミャンマーへ瞑想に行った人たちが、料理に油が多いので下痢をする話をする。お寺やミャンマー料理店で食べる限り、それほど油が多くはない。
或いは、地域差が大きいのかも知れない。エスニック料理は、奥行きが深い。多くの日本人に、試してほしいと思ふ。
エスニック各国料理その中に地域差もあり興味は尽きず


五月二十一日(木)
東洋経済のホームページに
団塊ジュニアを待ち受ける「老後格差」 親世代の“逃げ切り”とZ世代の“給与増”の狭間に沈む不遇の実態

が載った。ところが前文を読み終へ、本文に入ると一行目の
「老後」は、団塊世代と団塊ジュニア世代でもっとも認識にギャップがあるイシューかもしれません。そもそも(以下略)

イシューは醜い日本語だ。ここから先は、読むのを止めた。国語破壊と云ふより、言語障害だ。言語に障害のある人たちには社会で活躍してほしいが、意図的な言語障碍者を許すな。国語破壊であるとともに、社会破壊だ。
意図的な言語障害本拠地は国語破壊と社会の破壊
(終)

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