三千百三十五(うた)報道を読んで(蔵春閣、勝ち組だけ優遇)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
三月四日(水)
信濃毎日新聞のホームページに
長野市の「旧蔵春閣」解体へ 城山公園内の跡地「交流の場になるよう検討」
が載った。
長野市は2026年度、城山公園にある旧蔵春閣を解体する。サークル活動など市民交流の拠点として活用されてきたが、老朽化による雨漏りなどを理由に閉鎖していた。(以下略)
旧蔵春閣は、1907(明治40)年に建設され、一度焼失したが、67(昭和42)年に現在の4階建ての鉄筋コンクリート建造物として再建された。スキー合宿の休憩所や結婚式場、サークル活動など(中略)幅広く利用されてきた。老朽化に伴い2018年に閉鎖。
この記事に注目したのは、蔵春閣の名称だ。引用した後で気付いたことは赤字にした「幅広く」の部分。これで、建物の印象がまったく変はる。Wikipediaには
善光寺に隣接する長野市の城山には、地元の有志等によって1886年に建設された建物「城山館」があり、市制を敷いた長野市は1898年にこれを買収して市立の公会堂として運用していた。
1908年秋に、城山で一府十県連合共進会が開催されることとなった際に、貴賓接待用の施設として「城山館東館」が(中略)建設され、これが後に「蔵春閣」と呼ばれるようになった。(以下略)
この初代の蔵春閣は、大正期には演説会や音楽会にしばしば使用されたが、1949年2月6日の火災によって、隣接する城山館ともども焼失してしまった。
1966年、長野市の市制70周年記念事業として(中略)鉄筋コンクリート造りの4階建てで、結婚式場などとして利用されるようになった。
その後、利用者が減少した事、雨漏りがある事などから1998年に廃止を検討したが、1階にあるホールはダンスサークルなどに人気で、「もう10年は使える」と当面の使用を決め、2006年から城山公民館別館という位置づけとなった。
何々閣は、佳い名称である。近年は、何々センターと安直な名称が多くなった。「何々」の部分にも、世の中を良くしよう、風流、古事など、人々の思ひが輝く。
昭和には 何々会や何荘や何々旅館何屋など 創立者たち願ひを籠める
反歌
命名は世を良くするか風流や古事など当時の思ひ伝はる
三月四日(水)その二
Presidentのホームページに
「結婚できる勝ち組」だけ優遇しても意味がない…「子育て支援大国」が証明した少子化対策の"残酷な真実"
が載った。
ハンガリー政府は税控除、住宅支援、無利子ローン、若者向け奨学金免除などあらゆる手を尽くしたが、合計特殊出生率の回復は一時的で、数年後には急落した。
具体的な数字は
ハンガリーの合計特殊出生率は、過去最低だった2011年の1.23から、2021年には1.61まで上昇して、各国メディアから賞賛された。しかし、(中略)2024年には1.39に急落して再び少子化が悪化している。
その理由は
結婚・出産を予定していた層が、(中略)早く結婚し、早く産んだのだろう。(中略)前倒し効果以上のものはなかったと考えるしかない。
ハンガリーの政策の最大の欠陥は、(中略)支援の対象は原則として「すでに結婚している世帯」か「これから子どもを持つ世帯」だった。
日本の参考になる。
人が世に現れてから繰り返す 親から子へと更に孫 日々の暮らしと仕事営み
反歌
親が子に示す幸せ家庭から終はり無き世の繰り返しかな(終)
メニューへ戻る
うた(一千七百七十四)へ
うた(一千七百七十五)へ