三千九十三(普通のうた、朗詠のうた)横浜市営バス乗車記(中華街訪問記)
丙午(西洋地球破壊人歴2026)年
一月二十一日(水)
横浜市営バス1日乗車券を車内でSuicaに購入し、乗り旅を行った。川崎駅-7-横浜駅東口-8-中華街入口。
新鶴見橋を渡る手前の品鶴線(横須賀線と湘南新宿線)を越すときに、総持寺の三松閣が見えた。今まで気付かなかった。
総持寺の三松閣は鶴見区に 国内一とそびえたつ仏の建屋緑屋根 大講堂に宿泊と葬儀会場 地下二階地上四階三十歳に
反歌
総持寺の三松閣の欠点は豪華が過ぎて質素が足りず
中華街で紹興酒(770円+税)瓶を買ひ、胡麻饅頭6個500円も買った。マフラーを忘れたが、風が強くなった。体が温まるものを買った。だから饅頭1個100円を、温かいか訊いて購入しようとして、6個500円だと1個80円(正しくは83円だが、瞬時の計算なので)なので、後者を選択した。
中華街を観て回ったあと、往路と同じ8番バスで横浜駅へ戻らうとした。時間が10分ほどあり、寒いので向かひのNHKと同じ建物の芸術劇場に展示された釈尊と孫悟空(かどうかは不明)の電飾を観た。(1.25追記 芸術劇場前の展示は、中華街春節に合はせて、横浜市内のあちこちで行ふ横浜春節祭だと分かった)。バス停へ戻ると、連接バスが来た。1日乗車券で乗れるとのことなので、これで横浜駅改札前まで乗った。途中のハンマーヘッド、パシフィコ横浜、横浜ノースパシフィコ、高島中央公園の四つとも、まったく分からない。
ここで、小生の身分を明かすと、八年前まで横浜市民だった。そんなの偉くも何でもない。それならもう一つ明かすと、今でも本籍は横浜である。これも大したことではない。今は、どこからも戸籍を入手できるため、本籍を勝手に移す人が出てきた。
本籍は、本人が一年以上居住したかまたは出生地、親や先祖所縁の地に限るべきだ。さうしないと、本籍の有難味が薄れる。
さて帰宅後に調べると、1991年から94年に掛けて、会議場、ホテル、展示場、大ホールが建設された。さう云へば、パシフィコ横浜の名前は聞いたことがある。みなとみらいは、自転車でよく行ったのに記憶が無いとは不思議だ。
横浜は、中華街、みなとの見える丘、野毛山、ランドマーク、造船ドック跡と、盛り沢山だ。横浜とさいたまは、どちらも政令指定都市だが、格がまったく違ふ。さいたま市は、少ししか咲かないサクラソウ公園、サギが来ない鷺山、普段は水が僅かしか流れない見沼通船堀くらいしかない。
神奈川は わずかに武蔵ほとんどはさねさし相模 横浜は二つ含むも海近くあづまの流れここに栄える
反歌
鎌倉の丑寅みなと鶏が鳴くあづまみやこのひつじにも向く
ここで、大変なことに気付いた。コンピュータの展示会を観にランドマークタワーへ行った。桜木町駅から動く歩道の記憶しかないので、ランドマークタワーだとばかり思った。ところがランドマークタワー内の商店街を抜けて、裏に接続する屋内商店街を抜けて進むと、パシフィコ横浜だと分かった。桜木町から歩く経路しか経験がないので、外から見てまったく気づかなかった。
動く道 どっしりとした高殿を過ぎて内側店並び 出て橋を超え今蘇る
反歌
横浜は唐土の街港街元は船の場しるべの建屋(終)
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