三千三十二(うた)短編物語(日清戦争引き分けに)
乙巳(西洋地球破壊人歴2025)年
十二月十日(水)
第一章 引き分けの始まり
日清戦争は引き分けだったとする。これがこの物語の始まりである。日本にとり、大国と対等に戦ったのだから、国内は戦勝以上の喜びに溢れた。戦勝以上としたのは、もし勝ってゐたら、戦争は賠償金と領土で儲かるぞ、と変な考へに染まり、大変なことになっただらう。事実、日露戦争では賠償金を取れず、国内で暴動が起きた。
日清戦争が引き分けとは云へ、朝鮮半島は清国への失望が渦巻いた。清国は頼りにならない。そこで、清国と日本に対し、等距離外交を始めた。これは日本にとり、日清戦争に勝ったのと同じ効果だった。
戦争は勝たず負けずに引き分けがよい 米中は引き分けになり日台破滅
反歌
挟まれた台湾日本焼け野原またはタカ位置ぼっち戦争
第二章 欧米列強が清国への侵略を始める
清国は眠れる獅子と云はれた。阿片戦争に敗れたとは云へ、国中がまとまったら強いだらうと思はれた。ところが日本と引き分けだったので、西洋列強は、我も我もと侵略を始めた。清国は、列強どほしが敵対するやうに仕向けた。これは効果があったが、列強は阿片の強行輸出で対抗し、清国の国民はぼろぼろになった。
そのやうな時に、欧州で世界大戦が始まった。このやうな悲惨な戦争はこれで最後にしようと誰もが思った。ところが後に、第二次世界大戦が起きて、第一次世界大戦と呼ばれるやうになった。
第三章 撤退戦略
世界大戦の後に、清国を攻めるのは、戦勝国のイギリスとフランスだけになった。もう一つの戦勝国ロシアは満洲に進出したが、清国とは衝突しなかった。
清国は重慶に首都を移し、撤退戦略を取った。しかし、イギリスとフランスは植民地から兵隊を集めるので、撤退戦略が利かない。やがて清国は滅亡し、イギリスとフランスの植民地になった。
第四章 第二次世界大戦
アメリカの株価暴落に始まった世界大恐慌は、日本にも影響した。植民地を持つ米英仏蘭はブロック経済を始めた。そのため、植民地を持たざる国は大変なことになった。やがて欧州では、持つ国と持たざる国の間で戦争が起き、持つ国が勝った。経済が豊かなのだから、総力戦では勝つに決まってゐた。短期決戦に持ち込めなかった、同盟国側の敗北だった。日本は、中立を保った。
戦争は欧米どほしだったため、戦後も植民地支配は続いた。そして二十一世紀になっても変はらなかった。日本は米英仏露の緩衝地帯になり、独立を保てたが、変な議論が出て来た。大恐慌の時に、旧清国が悲惨な目に合はなかったのは、イギリスとフランスの植民地だったからだ。日本はアメリカの植民地にならう、と云ふものである。
旧清国が悲惨な目に合はなかったのは、植民地として生活水準が低い為だ。日本は輸出で稼いできたため、生活水準がある程度高かった。そこへプロック経済を敷かれたために、大変な目に遭った。
そこを見ないで、英語公用語だの、アメリカと一緒に台湾を攻撃だのと、馬鹿なことを云ふ連中が現れた。そして、アメリカの空母の上で、ピョンピョン飛び跳ねる馬鹿な首相まで現れた。
独立はインドエジプトベトナムと自力獲得日本は異常(終)
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