二千四百四十四(うた)1.上野動物園その八、2.戦前の日本歌謡だと思ってゐたテネシーワルツ
甲辰(西洋発狂人歴2024)年
八月十五日(水)
本日は、一ヶ月ぶりに上野動物園へ行った。一時二十分から解説員の説明があるので、リス舎を確認した。そのあと、世界の猿、猿山、象、バイソンとプレーリードッグ、日本の鳥を観た。日陰を歩いた結果、狭い範囲に留まった。
リスの説明を聞いた。隣のプレーリードッグもリス科なので、こちらも説明があった。リス科のうち森林に棲むのに適したのがリス、草原に棲むのに適したのがプレーリードッグ。どちらも歯の底が開き栄養が送られ、歯は伸び続ける。表面は橙色。リスは木の実を歯で壊す。
日本リス 台湾リスの強敵に圧され小鳥や植物も 被害現はれ対策急務

反歌  生態を破壊するのは人類だ移民を廃止石油燃やすな
説明終了後は、象を観るうちに雨が降り出した。雲は頭上が少し黒いだけであとは白い。すぐ止むのは分かるが、一時は強く、最初は象、次に樹木の下、最後はタイ式東屋で雨宿りをした。
雨が上がったあと一旦外へ出て、千川上水の跡を探した。一ヶ月前に都電愛好家の方が、旧正門の右に「さくらぎばし」の石碑があると現地調査してくださったので、これを観に行った。併せてその背後に、動物園五十年史に載る千川の開渠跡を観た(植木帯は立ち入り禁止の表示があり、花見の季節に中で小用をする人がゐるといけない為だと思ひ、植木帯の横へ廻り、塀の直前で植木とは無関係のところから、学術的に紹介すべきなので写真を撮った)。

 
桜木橋の碑                       千川開渠跡

上野駅から動物園表門へ行く途中に、大道芸で独奏する人がゐた。曲はテネシーワルツだとすぐ分かった。五年程前だらうか、この曲が突然頭に浮かび、戦前の日本歌謡曲だと思った。蘇州夜曲や李香蘭、山口 淑子で検索しても分からなかった。
テネシーワルツだとすぐ分かるのに、今まで分からなかった理由はヨナ抜きの音階なので、日本の歌謡曲だと思った。だから頭の中でリズムを単純にし、気付かなかった。大道芸は、リズムが原型なので、すぐ分かった。こんなこともあるのか、歳のせいかな。
帰宅後にパティ・ペイジのテネシーワルツを聴いた。「to」を「チュー」、「Tenessee」をチェネシーと発音する。次に、江利チエミと伊東ゆかりも聴いた。日本人は日本語の歌詞がよい。「去りにし夢」「なつかし愛の歌」「面影忍んで今宵も歌(うと)ふ」「思ひ出なつかし」「今宵も流れ来る」「今はいずこ」「呼べど帰らない」が優れる。しかし「あのテネシーワルツ」はこれでよいのか、「the Tenessee Waltz」の訳だが。
それより、江利と伊東の英語は聴き取れない所がある。パティ・ペイジは聴き取れるから、日本人は日本語で歌ふべきだ。他のアメリカ人の歌ふ動画も幾つか聴いた。皆Tenesseeはテネシーと発音する。
この曲が作られたのは1948年。アメリカが米ソ冷戦の一方になるほどまだ巨大化はしておらず、曲には良さが残る。
日本では戦争映画上映し 社会党など反米も高まりうまく平衡保つ

反歌  日本では米ソ冷戦終結後革新消滅欧米発狂
昭和五十年辺りまでは、朝のドラマ「おはなはん」の夫が軍人だったり、映画「八甲田山」が上映されたりした。社会党の非武装中立とは、アメリカに命令されて作ったものに反対し、アメリカの戦争に加担しないことを示したものだった。
欧米は、産業革命以後発狂し続けた。しかし米ソ冷戦終結後酷くなった、特に地球温暖化。(終)
(追記8.17)伊東の別の版を聴いたところ、英語は概ね聴き取れた。一方で、日本語の歌詞が変はり、良さが失はれた。しかし「あのテネシーワルツ」だけは歌詞に調和して悪くはなくなった。

メニューへ戻る うた(九百八十三)へ うた(九百八十五)へ