二千三百四十七(朗詠のうた)飯田利行「新撰禅林墨場必携」(その二)
甲辰(西洋未開人歴2024)年
五月二十五日(土)
「天地」以下の数章は気候、風景などを扱ったものなのであまり触れずに先へ進みたい。瑩山のものが幾つもあるので、一つ紹介すると
霜暁の鐘は 扣(たた)くに随(したが)い響くがごとし。
霜おく秋の暁に聞く鐘の音は(中略)こころよく響く。これとは反対に、唐の白楽天や張継が聞いたのは遺愛寺や寒山寺の夜の鐘の音であった。
   瑩山紹瑾[伝光録]

良寛和尚の
独り間窓の下(もと)に坐して、
ただ聞く 落葉の頻(しき)りなるを。
           [十一真]
ひとり静かな窓の下(もと)に端坐していると、ただ落葉がしきりに散る音のみが聞こえてくる。
   大愚良寛[定本良寛詩集]

良寛和尚の、修行と、静かな落葉と、二つが詠ひこまれる。改めて混同の説が出鱈目であることが分かる。
一声の横笛 離亭の暮れ、
君は瀟(しょう)湘(しょう)に向かえ 我れは秦(しん)に向かわん。
                    [十一真]
釈尊の修行は、つとめて精進し、阿難の修行は、経説を多く聞くことを願った。そのさまは、別離を惜しむ旅亭の夕暮れどきに、(中略)出かける方角は違っても、一歩一歩恙(つつが)なかれ、と。(以下略)
   大愚良寛[定本良寛詩集]

内容と光景と、両方が美しい。この詩を読むと、良寛和尚は渡航したのだと、つくづく思ふ。
横笛と旅の別れに美しさ仏と阿難向きは違へど


五月二十六日(日)
「諸尊」の章に入り、先頭は
無常の殺気。
世の無常のあれこれに付けこむ死神。
  臨済義玄[臨済録]

これは恐ろしいことだ。二番目が
望舒 その始めを警(いまし)め、
豊隆 終わりに備う。
      [一東]
まず、月神が、行列の先頭を警戒し、雷神が、殿(しんがり)を警備した。
  大愚良寛[定本良寛詩集]

定本良寛詩集も借りてゐる最中なので、さっそく詩を調べた。極めて長い作品だ。琴の音が天帝に達した。天帝が探しに出かけた。そのときの様子だった。結論は、行列が来たので行ってみると何もない。さあ、故郷へ帰らう。
「仏道」の章では、良寛和尚のものもあるが、慧能が勝れる。
外 相を離れるは すなわち禅、
内 乱れざるは すなわち定なり。
外面的には、対する事象に執らわれなければ、それがつまり禅である。また内面的には、対する事象に対して心が乱れないのが定である。つまり外に対しては禅であり、内においては定が得られたことを禅定という。
   大鑑慧能[六祖檀経]

或いは
仏法は世間にあり、
世間を離れずして覚る。
(中略)
   大鑑慧能[六祖檀経]

これは解説が無くても分かる。或いは
法には すなわち頓漸なし、
迷悟に遅疾あるのみ。
禅の仏法には、頓教(六祖慧能の南宗禅)とか漸教(神秀の北宗禅)の別はなく、ただ迷いと悟りに遅速があるだけである。
   大鑑慧能[六祖檀経]

慧能がかう云ふのに、慧能門下が頓教だと主張するのは滑稽だ。ここで良寛和尚を一つ入れると
盛んなるかな 普通の載(とし)、
是非 小々に通ぜり。
達磨大師が中国に渡来した(中略)普通年間は、なんと画期的な年であったことよ。ために(中略)小邦である我が国にまで(中略)伝えられたからである。
   大愚良寛[定本良寛詩集]

国内に留まると、日本は縦に大きな国だと感じる。渡航しないと、小さな国とは気付かない。渡航説に拘ってはゐないが、読み進むと、渡航説を補強することはあっても、疑ふ資料が出てこない。
達磨は禅に特化した教へだと今まで思ってきたが、達磨の教へこそ原始仏法の流れなのか、と云ふ気になってきた。また慧能に戻り
菩提は もと自性、
心を起こせば すなわちこれ妄。
仏陀の正覚(二文字で、さとり)の道は、もともと自己に本来具わっている仏性である。ただしその本性からはからい心が起こると、それはうそいつわりとなる。
   大鑑慧能[六祖檀経]


五月二十六日(日)その二
「政治」の章では
干戈すでに罷(や)みぬ、
得失 空(くう)に還る。
      [一東]
戦争がすでに終わってしまった。(中略)どちらが得をし、どちらが損をしたか。両者とも本(もと)も子もなくなってしまうのが落ちである。
  廓庵師遠[十牛図]

これはよい内容である。副次的に「空(くう)に還る」で思ったことは、空(くう)とは無いことだが、無くさうとして無いのではなく、元々無い。有ると無いの中間だとする議論があり、それは間違ひだ。
得るものも失ふものも消えたのち亡くなり人の多くの墓が

「人生」の章では
名利の境に住(とど)まらず、
是非の岐(みち)に遊ばず。
      [四支]
良寛道人は、名誉とか利欲にむらがる人士の集まる所に足をとどめることはなかった。是だ非だなどという分別の世界に足を向けることすらなかった。(以下略)
   大忍魯仙[無礙集]

この章は、人生に役立つ好い作品が多い。漱石も目立ち
先生解せず 降竜の術を、
戸を閉ざして空しく為(つく)る 閑適の詩を。
      [四支]
この先生(二文字で、わたくし)には、(中略)神通力を使って、(中略)術があることがわからなかった。(中略)坐禅であった。(中略)詩を賦(うた)うぐらいが関の山であった。
   夏目漱石[漱石詩集]

漱石が漢詩人であることを指摘したのは、利行さんの大功績であった。(終)

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