千九百八十(うた) 半ドンの日々
壬寅(西洋野蛮歴2023)年
三月二十九日(水)
四十年以上前には、半ドンと云ふ言葉があった。土曜日のことだが、平日に「今日は半ドンだ」と使ふこともあった。昔は無意識に使ったが、調べるとドンはドンタク(オランダ語のゾンタク)で日曜のことだ。半ドンなら、日本語として不自然ではない。
外来語 外国の語を日本語化したものにして問題は少ないのだが 近年はそのまま使ふ低能者あり

(反歌) 近年は弊害が出た敗戦の東條岸ら責任重い
半ドンは、お昼までとは限らない。九時始まりで、昼休みを挟んで三時までの五時間勤務の会社が多かったのではないか。半ドンの日は、寄り道をする事が楽しみだった人も多いことだらう。映画や繁華街やデパートに寄った。
再雇用終了の後 半日の仕事が多く 毎日が半ドンになりこれは快適

(反歌) 六十五過ぎて体力落ちた今半日勤務短く長く
午前は体を動かす仕事、午後は家でパソコン。この組み合はせがよい。これが、午前はパソコンの仕事で午後は家でパソコンだと、平衡が悪い。

三月三十日(木)
半ドンの日はどこかに寄るかと云へば、そんなことはない。家に帰ってから昼食を取る。毎日半ドンだと、変化がない。平日は夕方までで、土曜だけ午後三時だからどこか寄らうと云ふ気になる。あと、弁当を持って行くから、どこかに寄らうと思ふ。外食だと、店を見つけることや、店で食べることで、疲れる。
平日は、昼休みが一時間(または四十五分)あるから、疲れが取れる。また、同じ店に行くから疲れない。土曜は皆が休みだから、どこか行かうと思ふ。平日に半ドンだと、店や街が平日対応だから休んだ気になれない。
平日が時短勤務で出掛けても 街は働く人ばかり ほかにも訳を探すなら 次から次と幾らでも出る

(反歌) 土曜日が半日のとき週休が二日うらやむ今はなつかし
生活が贅沢になったのもある。かつては居間でくつろいだ。今は一人一部屋で、テレビとパソコンがある。映画館に行ったのと同じだ。
贅沢な暮らしは 化石燃料やほかの資源を浪費する これら消費を中止して 週休一日半ならば悪くはないか後世のため

(反歌) 西洋の始めた地球破壊ゆへ西洋人に任せられない(終)

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