百八十一、内輪もめは堕落の始まり


平成二十三年
七月二日(土)「半年前から思ふこと」
内輪もめは堕落の始まりだ。半年前からそう思ふようになつた。きつかけは私の所属する労組の分裂騒ぎである。分裂するからには意見の対立がある。私はもちろん向こう側が間違つてゐると思つてゐる。だから分裂したのだがもし相手の批判を繰り返してゐると労組の本来の役割が果たせなくなる。
意見の対立はある。分裂もある。しかし批判を繰り返すことは堕落の始まりではないのか。そう思ふようになつた。

七月四日(月)「小沢一郎議員を支援する会」
無論組織が分裂したのだから法律上のいざこざは続いてゐる。旧事務所の敷金の分配や登記などで訴訟になりそうだ。労働弁護士は双方とも顔なじみだから依頼しづらい。組合事務所のそばの弁護士に依頼したところ、小沢一郎議員を支援する会の代表だつた。
この会の主張をさつそく読んでみた。「小沢幹事長と民主党政権が掲げている政策が、明らかに古い勢力(自民党、高級官僚、財界、マスメディア及びアメリカ)の掲げている政策と大きく異なっているということです」
まつたくそのとおりである。そのため旧勢力は狼狽した。そしてマスコミの異常とも言へる報道と地検の捜査で小沢氏は幹事長を辞任した。鳩山氏も首相を辞任した。
後を継いだはずの菅が突然正反対のことを始めた。これ以上の裏切りはない。菅の始めたことこそ現在の日本における最も醜悪な内輪もめである。

七月五日(火)「徒党を組んではいけない」
徒党を組んではいけない。これは古来日本で守られてきた美風である。無論独裁色の強い将軍や藩主はこの風習を独裁維持に使つたこともあろう。しかしそれは極めて稀な例外である。織田信長が徒党を組むことはない。豊臣秀吉も徒党は組まない。徳川家康が関が原で多くの豊臣家臣を味方にしたのは秀吉晩年の悪政と石田三成の人徳のなさであつた。
翻つて現代に目を向けると、政党や労働組合は徒党ではないのかといふ疑問が生じる。まずそこを解決しよう。

七月六日(水)「政党と徒党」
交互に政権を担当する仕組みは必要だ。だから政党は徒党ではなく公(おほやけ)の組織であるべきだ。
政党の派閥は徒党だ。だから政党は派閥を禁止すべきだ。業界や労組や宗教団体の応援や候補者受け入れも派閥である。禁止すべきだ。
派閥をなくすには議員と待遇の均衡も必要だ。議員は特権階級だからなりたい人が多い。なりたい人が多いときは待遇を下げるべきだ。

七月十日(日)「労働組合と徒党」
労働組合は労働条件が悪いからやむを得ず結成する。本来はそうであつた。江戸時代の農民一揆と同じである。しかし一揆と異なり組合は組織が残る。残つた組織は労働条件の悪い人たちの受け皿とならなくてはいけないのに日本ではそうなつてゐない。
徒党と言はれないためにも、ユニオンシヨツプと企業別労組は禁止すべきだ。その点で少数組合といふのは意義がある。徒党の正反対である。

七月十七日(日)「唯物論」
左翼は内紛が多いといはれる。唯物論を自称することが原因である。一方で政権側も内紛がある。こちらは利権と権力欲が原因である。利権と権力欲の源泉は唯物論である。マルクスの史的唯物論は当時の社会情勢のなかで唯物論が利権と権力欲に堕ちないための苦肉の策とも言へる。しかしうまくは行かなかつた。

七月十八日(月)「日本の仏道」
日本の仏道も内紛が多い。親鸞や日蓮の死後に弟子は分流してゐる。まず拝めば極楽浄土や現世利益といふのでは唯物論を克服できない。或る薬を飲むと病気が治るといふのと同じである。
一方で分流することが悪いとは言へない。宗派の多様性につながる。しかし対立することは悪い。一向宗では武力衝突があつたし、日蓮系では幕府へ他の流派を訴へることがしばしばあつた。

七月二十三日(土)「唯物論の克服」
仏道には一番目に戒律がある。二番目に瞑想や読経で私心を取り除く。三番目に古文書を学びて先人の智慧を拝借する。明治維新以降、日本人はこの三つを忘れた。
左翼(共産党、新左翼)及び左翼崩れ(民主党の半分、社民党)と呼ばれる人たちは、自分の家の宗派でもよいし自分にあつた宗派を探してもよい。時間のあるときは仏道を勉強すべきだ。そうしないと内紛が収まらないし文化破壊勢力に堕してしまふ。

七月二十五日(月)「徒党はいけない」
徒党はいけない。これは日本古来の美風である。徒党はいけないが政党と労働組合と農業組合と農民一揆はよい。
そういふ社会を政党と労働組合と農業組合は目指すべきだ。農業組合については目指しすぎて既得権化したかも知れない。政党については大きな政権経験党どうしが連立を組むのはよくない。政党が徒党と化す。(完)


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