千四百三十四 「JIN-仁-」鑑賞記外伝(西洋医学観と幕末歴史観)
庚子(仏歴2563/64年、西暦2020、ヒジュラ歴1441/42年)
五月四日(月)
「JIN-仁- レジェンド」は、本放送を抜粋したものだ。本放送との違ひを調べるため、TBSがインターネットで一週間無料公開してゐる本放送版の完結編第4話と第5話を観た。
川越藩主の奥方(前藩主の姫)を治療する話では、ご親戚方に万一の輸血のときの採血をお願ひする場面が、ずっと前に出てきた血液型藩邸の遠心分離の話の続きでよかった。
往路の大井宿で宿屋の主人が仁と咲を夫婦と間違へて同じ部屋に通し、川越では奥方が咲に意地を張らない(仁と夫婦になること)やう勧める場面もよかった。
帰路の大井宿で、瀕死の少女を助けようとすると仁の体が消え、上空から成長したお初の結婚式と南方と云ふ相手の姓、仁が成長した家から別人の南方仁が出てくる。このドラマを貫く原理を示した。

江戸にもどったのち、澤村田之助から兄弟子坂東吉十郎の診察を依頼された話は、第一級によい場面だ。これに匹敵する一級名場面は
(2)南方仁が江戸時代にタイムスリップする前と後
(3)佐久間象山が21世紀にタイムスリップしたときの話
(4)仁の結婚の誘ひを咲が断ってしまふ場面
(5)野風の出産直後の子に向かひ、咲が仁への恋心を話す場面
(6)仁が現代社会に戻ったあと橘未来との出会ひと、江戸時代に残された咲のその後
六つある見せ場の一つがレジェンド版で省かれたのは、ネズミを動物実験に使ふ話が原因か。
番組の後、ネズミについて「専門家の立ち合いのもと、動物の健康状態と安全に十分に配慮した上で撮影しました。」と表示された。だから番組の制作自体は、動物愛護に問題ないのだが。それより、近代の西洋医学は大量の実験動物を犠牲にすることで成り立つことを明かしたことが原因か。
もう一つ考へられる。白粉(おしろい)による鉛中毒になった吉十郎に、手足の感染が全身に廻るのを防ぐため切断を勧めるのに対し、最後の舞台を努めさせ延命より大切なものがあることを示し、これは西洋医学の限界だ。

五月五日(火)
本日は本放送の、完結編第6話、第7話、第8話を観た。今回の最大の見どころは、昨日も(5)で紹介したが、野風の出産直後の子に向かひ、咲が「あなたはね。私の恋敵を作りになる方なのですよ。私としたことが大変な方を取り上げてしまひました」「今度は誰より幸せな未来を差し上げてください」と語りかける場面だ。
さて「JIN-仁-」は時代考証、歴史監修がしっかりしてゐるので、幕末史について勉強になる。書籍を読んでも勉強にならない理由は、大政奉還と坂本竜馬暗殺について、明治政府が薩長側の歴史を作ったためだ。
「JIN-仁-」では、西郷など薩摩側が大政奉還に猛反対だったことと、第9話以降だが坂本竜馬暗殺を狙ったのは幕府薩長両方だとすることだ(坂本護衛に付けた長州藩士が、最後に斬る筋書きにした。尤も兄の仇討に仕立てたが)。

五月六日(水)
本放送の第9話を観て、テレビで観たときと併せて二回目だったので、複雑な事情がよく分かった。まづ薩摩の大久保が幕府の見廻り組に坂本の居場所を密告する。中岡慎太郎が竜馬のところに怒って怒鳴り込み、仁、咲などを含めて飯を食ひに行ったあと、見廻り組が急襲し空振りに終る。
中岡は竜馬と微妙に仲が良く、一人で帰る途中で覆面をした集団に斬られる。咲の兄が料亭の外まで後をつけ、外で見張るところを竜馬の護衛の長州藩士が見つけ斬り合ひになる。竜馬が外に出て咲の兄に斬られさうになったとき、護衛が竜馬を斬る。
幕府の下級武士は大政奉還を騙されたとみる、竜馬と中岡は意見が異なるが仲が良い、長州と薩摩は幕府とともに反竜馬。バランスを取った歴史観だった。
第10話を観て、勝海舟が西郷隆盛との会見で、受け入れなければ自ら江戸を焼き住民は避難すると話したのは史実なのだらうか。
仁が未来から来たことを知ってゐるのは、咲、野風、竜馬、佐久間象山、勝海舟。そしてうすうすと緒方洪庵。この人選は深みがある。第11話は感動の連続だ。野風の子が、咲の養女になり、その子孫が橘未来(みき)。
一つだけ苦言がある。咲の兄は、上野の戦争で戦死すべきだった、竜馬を殺害した護衛の長州藩士が自害したのと同じやうに。テレビドラマの75%が、刑事ものと医療ものださうだ。人気が出る理由は、刑事ものは犯人を見つけ、医療ものは病人と怪我人を治す。
そこには正義を助け、悪をくじく精神がある。咲の兄が生き続けることは、これから外れる。ドラマの最後のほうだったので、人気に影響しなかったのは幸いだった。(終)

追記五月十三日(水)
先日名場面を六つ挙げたが、これらに次ぐものとして
(7)上野の彰義隊の戦ひで、咲が負傷し寝台に横たわり「蘭方の医師と本道の医師がともに手を取り治療に当たる」と感激する場面
(8)仁の回想で、竜馬が海を沖へ歩いて進む場面
インターネットの無料配信は放送後一週間で、九日と十日に最後の二日分の重要部分を再度(テレビ放送を含めると三度)観たので、名場面が二日間に偏った惧れはある。

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