千四百二十二 プラユキ・ナラテボー、篠浦伸禎「脳と瞑想」
庚子(仏歴2563/64年、西暦2020、ヒジュラ歴1441/42年)
三月十三日(金)第二部第三章
篠浦 十年ぐらい前に、何もしていないときに血流が集まる場所があるということがわかったんですよ。ちょうど、人間脳と動物脳の境目で、(中略)どうも自我らしいという話が出てきた。(中略)この帯状回で、自分をモニターしているんです。たとえば今日、僕はこの場所で何月何日にいて184
自分をモニターする機能を自我と呼んだことは画期的だ。
篠浦  アルツハイマーって(中略)ある瞬間に自分が何をしているのかわからなくなってしまうんです。184
なるほど。適切な解説なのでよく理解できた。
篠浦 帯状回の前の部分は能動的です。しかし本当に大事なのは、後方の受動的な帯状回のところです。というのもね、自我というのは、帯状回の前のほうから徐々に後部にいって成熟していく、という話があるんです。子どもの頃からずーっと、能動的なところから受動的なほうへいくということですね。185
アルコール依存症が瞑想で瞑想で治ることについて
篠浦 「瞑想を通じて脳がリセットされた」と表現しました。(中略)このリセットというのは、後部帯状回から脳をコントロールする、本来あるべき姿に戻ったことだと思っています。(中略)ところが脳というのは、恐怖などでも小さなサーキットを作っていく。すぐ「逃げちゃおう」とか。つまり動物脳ですね。だからそれをいったんストップして、また後部帯状回からスタートしないと、おそらく脳は使えない。188
これは貴重な教訓だ。
篠浦 自我は、脳を使う司令塔(中略)これは、一般的な自我とは違うと僕は感じています。190
先ほど自我の表現を画期的と呼んだが、なるほどその裏付けだ。
プラユキ タイは(中略)新聞の一面には殺人現場で遺体が転がっている写真がよく掲載されていたり(以下略)209
死を隠さないのは健全な社会、隠すのはメッキと同じ。そんな感想を持った。ここで話ががらっと変はり
篠浦 動物脳はやりたい放題させてはいけないものだけれども、今の日本とか社会では、動物的な脳がすっかり疲弊して、もう生きる意欲が弱いんですよ。228
私は、受験戦争、肉体労働の激減、出世欲で労働意識を向上させる勤務管理の限界とみた。
篠浦 自分の子どもの部分とか、本来生きる力としての動物脳みたいなものが弱くなっちゃって(中略)ただ、動物脳が弱っているんだけどコントロールしていないから、どこかで爆発するわけだよね。(中略)そういったときに瞑想というのは大人性によつてだめにしてしまっている子ども性を活性化することでしょう。229
「子ども性」は今回初めて出て来たので、これだけだと意味が判らないが
プラユキ まず動物脳全盛の子ども時代を生きる。そこからまずは大人になっていかなければならない。それは社会化していくためのプロセスですね。230
で理解できる。
プラユキ 今日までの二十六年間、今のお寺に止住して村人とも交流をはかってまいりましたが、いまだ認知症の方に一度もお目にかかったことがないんですね。(中略)七十代、八十代のおじいちゃんおばあちゃんも村人のなかに何人もいます。おそらくは、お寺を中心とした仏法に基づく秩序ある暮らしやお年寄りを尊敬するムード、お互いに声を掛け合って思いやり合う日常。そういった環境と、年を取ってからも竹籠を編んだりなど手先を使った仕事をしたり、またからだも適度に動かしながら、気づきの瞑想をしたりといったことが相まって、認知症予防効果につながっているのではないかと推測しています。234
認知症予防の方法と、農村部にも瞑想が広まったことは興味深い。

三月十四日(土)第二部第四章以降
篠浦 瞑想は、脳科学的にはもともと右脳を活性化していくものだと報告されています。右脳は集中力と関係するので、瞑想をすると集中力が増すというのは、おそらくそのせいですね。243
ここまでは誰でも思ひつく。ところが
篠浦 その一方で、自我の領域も活性化するという報告もあります。自我か活性化するということは、おそらく左脳の活性化にもいいのではないかと自分でも思っています。というのは自分は(中略)極めて左脳に傾いた人間なのですが、瞑想をやりだして気づいたことは、集中力だけではなく、判断力、智慧もレベルアップしたと感じるからです。244
これは体験に基づく貴重な情報だ。しかしこの話を聞いて、信仰心のない人が瞑想を始めることの弊害を考へてしまふ。篠浦さんは最初から、信仰とは無関係に瞑想と断ってゐるからよいのだが。
プラユキ なるほど、脳も左右バランス良く活性化していくことが肝要だということですね。(中略)大人性と子ども性が統合したイキイキとした地勢という感じですね。
篠浦 なるほど、イキイキとした知性というのはいい表現です。単なる知識ではなく、現実にも対応できるし、本当の意味で智慧があるということでしょう。(中略)左脳二次元と左脳三次元が融合(中略)ということでしょうか。244
これまでは右二次元と左三次元、或いは右三次元と左二次元の、斜めの関係だったから、今回の垂直関係は珍しい。
篠浦 日本で苦しんでいる人が多いのは、日本人は本来右脳に傾くべきところを、左脳が勝ってきたところの苦しみなんだと思います。(中略)世界の競争にさらされて(中略)本来たいしてレベルの高くない左脳的な世の中で生きていかざるをえなくなり(以下略)257
同感だ。更に
篠浦 死の問題もある。本来は右脳的な面が特徴であった日本人が、戦後の教育も含めた環境で炉心融解して、何もなくなったんじゃないかな。258
同感だ。戦後の教育をありがたがってはいけない。むろん戦前の教育もありがたがってはいけないが、あれは薩長幕府が米英独仏の猿真似をしたものだ。
篠浦 真善美とよくいわれるけれど(中略)左脳、右脳、自我+動物脳で考えれば物事は整理しやすいと考えています。そういう意味では、真は左脳、美は右脳、善は自我、つまり動物脳をコントロールすることが善(以下略)283


前、1次元から3次元の右脳左脳の話を独立、固定思想(二百四十一の三)固定思想(二百四十二)

メニューへ戻る 前へ 次、1次元から3次元の右脳左脳の話を独立、固定思想(二百四十一の三)