千四百十九(その二) プロ経営者は不要だ、しかも有害だ
庚子(仏歴2563/64年、西暦2020、ヒジュラ歴1441/42年)
二月十九日(水)
日経スタイルが松本晃さんに取材し『社長めざすなら必修 プロ経営者松本氏の「13科目」』といふ記事が載った。13科目には関心がないので、省く。
関心がない理由は松本さんの
伊藤忠に入社して1、2年が過ぎたころ、「会社というところはたとえ出世しても、最後はトップにならないと面白くないな」と思いました。課長は部下に偉そうにしていても部長には頭が上がらない。部長は課長に威張っていても本部長には頭が上がらない。本部長はその上の役員や社長に頭が上がらない。会社というのはそういう構造になっている。だから社長になろうと決めました。

に表れてゐる。本来は、社長になることが目的ではなく、自動車修理なり商品販売なり不動産なり或る事業に興味があり、熱中して気づいたら社長だった。かうでなくてはならない。
ところが僕は農学部の出身で、商社の経営のことなんて全然わからない。貸借対照表も読めない。そこで社長になるには何を知っておかないといけないか自分で考えながら、独学で少しずつ勉強を始めました。だいぶ後になって、勉強したことをまとめてみたら「13科目」あったんです。

これも変だ。農学部の出身なのだから、農業の専門知識を生かすべきだ。こんな人が社長になったら、従業員から搾取して数字合はせをするのではないか。そんな疑問が湧く。
13科目の1つに人事を挙げる。この説明がひどい。
人事の仕事は、採用、教育、制度作り、リテンション(人材の引き留め)、ターミネーション(雇用契約の解除)の5つです。

人事をこの五つに細分したことに賛成ではないが、代替案を考へるほど価値のある話題ではないのでそのまま使用したい。
採用は優秀な人材を採ること。その優秀な人材を徹底的に鍛えるのが教育です。人が活躍するにはモチベーションが大切だから、モチベーションを上げるような制度作りもしなければなりません。そして優秀な人材が辞めない仕組みをつくるのが、リテンションです。逆に、会社に貢献しない人には去ってもらわないと困る。これがターミネーション。

問題のある部分を赤色にした。教育の目的は、落ちこぼれた人を救ひ上げることだ。先日亡くなったプロ野球の野村克也さんは、他の球団でお払ひ箱になった人を一流選手に育てるので、40年くらい前に「野村再生工場」と呼ばれた。
貢献しない人に去ってもらふと云ふが、会社は組織で動く。従業員が貢献できないのは、課長が悪いし、課長が悪いのは部長が悪い。「貢献しない人に去ってもらふ」では、従業員に丸投げしてゐるだけだ。その会社はよほど管理職の能力が低いのだらう。
松本さんのやり方は、従業員がターミネーションされても反対しない人が多いから、たまたまうまく収まるだけだ。 労働運動は当然の権利だ。日本では労働運動をすると、悪いことをしたやうに思ふ人がゐるが、労政事務所や労働委員会が存在するのは、申し立てをするためだ。
家を引っ越したら、水道や下水を使ふため、水道局に申し込む。同じやうに不都合なターミネーションがあったら、労政事務所(今は厚労省の都道府県労働局に相談窓口が出来て、東京都では労働相談情報センターと改称)に相談するか、労働組合に駆け込んで、団体交渉や抗議行動、労働委員会への申し立てをする。黙って水道を使ったら泥棒だ。きちんと申し込む。同じやうに不当なターミネーションをされたらきちんと申し込む。何の問題もない。
松本さんもこの辺のことが多少は判るらしく
ターミネーションについて言えば、どんな人に去ってもらうか、その基準をはっきりさせておくことが非常に重要です。基準がはっきりしていれば、辞めさせられる人もそれなりに納得します。僕の基準は、まずサボる人。僕はサボる人が嫌いです。2番目はその仕事に向いていない人。そして最後は、一定期間やっても結果が出ない人。期間は会社や職種によって違いますが、標準的には3年ですよね。3年で結果が出なかったら、さようならです。

こんな基準では駄目だ。サボる人は、私も嫌ひだから同意見だが、管理職にとりサボる人とは丸投げする人のことだ。次に、仕事に向いてゐないと云ふことは、仕事の合格水準が高すぎないか。低ければ全員が合格する。高くするにつれて1%が失格、10%が失格、30%が失格と高くなる。松本さんは何%までよいとするのか。
そもそも不適格なのは、採用の仕方が悪い。人事部門をターミネーションするならまだわかる。合格基準が高過ぎたり、ブラック職場を防ぐために、職種転換がある。営業を事務に回したり、事務を技術に回して、すべての職場を常識あるものにすべきだ。
「3年で結果が出なかったら」といふが、課長や部長の責任については既に指摘したとほりだ。

二月二十一日(金)
松本さんについて一時、高く評価したことがあった。カルビーで、じゃがいもの仕入れを改善して高収益にしたと云ふものだ。さういふ経営改善なら大賛成だ。松本さんは、どの産業でもこのやうな改善をすると思ったからだった。
しかし今回の記事で、松本さんは農学部出身だと判った。つまり得意分野の経営に参加したから、高収益にできた。だから社長になるための13科目は間違ってゐる。自分の得意分野こそ、社長として能力を発揮する科目だ。大学の専攻だけではない。就職した会社の事業内容でもよいし、職種でもよい。
得意分野ではない科目については、専門の幹部を使ひこなせることが大切だ。そのためには、人間性が必要だ。ターミネーションなんて言ってゐる人に、人間性は感じられない。(終)

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